悲しむ人々は、幸いである

「悲しむ人々は、幸いである」 

 

マタイによる福音書の第五章四節の「悲しむ人々は、幸いである/その人たちは慰められる。」という言葉は、私にとって以前から疑問が生じる文章だった。
当たり前のことではないか?という思いとともに、あとで慰められるぐらいであれば、最初から悲しい思いなどしないに越したことはないのではないか?という思いが長い間ぬぐえなかった。
それが、今年になってから、ギリシャ語を少しずつ独学し、ギリシャ語の原文を読むようになって、長年の疑問が氷解した。
原文は以下のとおりである。

“μακάριοι οἱ πενθοῦντες, ὅτι αὐτοὶ παρακληθήσονται.”
(マカリオイ・ホイ・ペンスーンテス、ホーティ・アフトイ・パラクレーセーソンタイ)

「マカリオイ」は「幸いなるかな」、「祝福される」、という意味で、「ホイ・ペンスーンテス」は「悲しんでいる者」である。「ホーティ」は英語の”for”と同じで、なぜならば、ぐらいの意味である。「アフトイ」は「その人たちは」という意味である。

問題は「パラクレーセーソンタイ」(παρακληθήσονται)という単語である。この言葉は、「パラカレオー」(παρακαλέω)という言葉の未来直説法受動相の三人称複数である。要するに「~されるだろう」という未来形の受動態である。
では、「パラカレオー」という言葉の意味は何であろうか?通常の訳に用いられるように「慰める」という意味もあるが、「求める、懇願する、勧める」といった意味がある(今岡稔ほか『新約聖書ギリシヤ語辞典』)。英語のサイト“Bible Hub”には、” to call to or for, to exhort, to encourage”と訳してあり、つまり「呼ぶ、求めて呼ぶ、熱心に勧める、勇気づける」と訳してある(https://biblehub.com/greek/3870.htm)。

これらのことを考えれば、「パラクレーセーソンタイ」は、「(悲しんでいる者は、神によって)慰められ、求められ、呼ばれ、求められて呼ばれ、熱心に勧められ、勇気づけられるだろう」という意味を一言で表していると言える。

悲しんでいる者は、その悲しみを通じて、神の近くに呼ばれ、慰められる。神に求められ、神を求めるようになり、神の道を熱心に勧められ、その道を進むことを勇気づけられる。そのことをこの箇所が一語で意味しているということが、ギリシャ語原文を味わう中ではじめてわかり、長年の疑問が氷解し、そのとおりだと、アーメン、アーメン、と心から思えた。

人生においては、人それぞれ悲しみがあるが、私の人生においても、抱えきれないと思えるような深い悲しみがあった。特に、私が二十代の時に妹が長期の闘病生活ののちに病気で亡くなったことは、当時においても腸を断つ思いがしたし、今なおそうである。

しかし、この悲しみがなければ、おそらく私はキリストを信じ、聖書を読む身とはならなかったと思う。人は残念ながら、悲しみを通じてしか、神になかなか立ち帰らない。悲しみなどない方がどれだけ人生は良いかと思っていたが、悲しみによってこそ神の近くに呼ばれ、神の言葉を聞き学ぶ身となるのだと思う。

そして、悲しみを通じて神の近くに呼ばれ、聖書を学び讃美歌を歌い、キリストを信じて歩むようになった人生のことを、「マカリオイ」、「幸いだ!祝福されている!」とこの箇所は告げているのだと思う。

神の言葉の無限の深さの一端に、ギリシャ語原文を読むことでやっと触れることができた。これも私の力ではなく、もう五年も前から、研究会のMさんの召天後にその御蔵書を御家族からいただき、その中にギリシャ語の聖書やギリシャ語の辞書があったことのおかげである。また、片山徹著『新約聖書ギリシヤ語入門』(キリスト教図書出版社)をNさんから以前いただいていたことや、Y先生が折に触れて原文に触れることの大切さを説いてくださっていたことのおかげである。思えば、無教会の集会を通じて、多くの良きご縁に恵まれ、多くの良き本にめぐりあえたことも、「マカリオイ」そのものであったと思う。これも悲しみを通じて得られた慰めであり、励ましの一つだったと思う。
悲しみは、キリストと出会うきっかけとなるのであれば、人生においてたしかに祝福や幸いのきっかけにもつながるのだと思う。「悲しむ人々は、幸いである/その人たちは慰められる。」という御言葉を、今は心からアーメン!と思う。

ヨハネの手紙1の4章17節の翻訳について

ヨハネの手紙1の4章17節の翻訳について」

 

 

今朝ギリシャ語で新約聖書ヨハネの手紙Ⅰを読んでいて、はじめてわかった気がしたことがあった。

 

4章17節の「確信」と訳されている言葉が、原語では” παρρησίαν”(パッレーシアン)という言葉で、「大胆さ、自由さ」といった意味だということに、はじめて気づいたからである。

 

つまり、原文に沿って前後の文脈を見るならば、人が愛に生きる時、生きている間からその人にはあらゆる恐れがなくなり、自由にのびのび生きることができる、という意味だということが、原語を読んでいてはじめて鮮烈に伝わってきた。

 

ヨハネの4章は、神が愛であること、ゆえに人は愛し合うべきことを詳述している箇所であり、上記箇所はその流れの中にあって、すぐ後の箇所には愛は恐れをなくすということが述べられているのだけれど、「確信」という訳のせいか、どうもいまいち今までピンと来なかった。

 

たとえば、協会共同訳では、4章17節は以下のようになっている。

 

「このように、愛が私たちの内に全うされているので、裁きの日に私たちは確信を持つことができます。イエスが天でそうであるように、この世で私たちも、愛の内にあるのです。」

 

この「確信」という言葉がパッレーシアンなのだけれど、「確信」と訳してしまうと、原語が持つ意味が一部しか伝わらないように思う。

「大胆さ、自由さ」と訳すと、たとえば親鸞が言う「平生業成」や「不体失往生」と響き合うような、死後の恐れが今ここから何もない、死後のみでなく今生においても恐れることは何もなくなる、自由な境地が歌われている箇所と明瞭にわかる。

 

いろんな英訳を参照してみたところ、わりと最近の訳は皆”confidence”と訳してあって日本語訳と同じだった。

しかし、古いジェームズ欽定訳では”boldness”と訳してあり、さすがと思った。昔の人の方が、魂できちんと文章を受けとり、訳において原語の魂をよく生かしていたのだろう。

日本語訳でも塚本虎二訳は「(喜びの)確信」と補足が入れてあって、さすがにきちんと原文の含みをとらえていると思われた。

 

付け加えると、17節の後半の部分の訳も、協会共同訳だとちょっとよく伝わらないように思われる。

協会共同訳は、引照欄にきちんと原文直訳も17節後半には記してあるので、その点はとても素晴らしいと思うのだけれど、そこで示されているように、原文はイエスがそうであるように、私たちもそうである、というだけの意味であり、「天でそうであるように」だとか「愛の内にある」に相当する言葉は原文にはない。

原文をそのままにして、イエスがこの世において自由に大胆に生きたような境地を、愛に生きる時には我々も生きることができる、という意味だと受けとめた方が良いように私には思われる。

 

やはり聖書は原文で読むといろいろ発見があるなぁとあらためて思った。

なかなかGWなどでないと、日ごろはいそがしくてゆっくりギリシャ語を読んだりする時間がないけれど、またそのうち少しずつ読んでいきたいと思う。

Tさんのお別れの会

  • 今日は、T・Mさんのお別れの会があったので、母と参列してきた。
    3月9日の夜に眠っている間に天に召されたそうで、93歳だった。

    本当に柔和な品の良いかわいらしいおばあさんで、うまく表現できないが、私はTさんが大好きだった。
    Tさんの御主人の父にあたる方が内村鑑三の弟子で、戦前に聖書の研究会を始めたそうで、Tさんは長年その集会に参加され、その御世話をされ、無数の聖句を暗唱されていたようである。
    私がお会いした時にはもう御主人は亡くなられていた。

    あんまり多くをしゃべる方ではなく、いつもにこにこ柔和にされていて、そこにいるだけで心がなごむというか、存在だけで大きな意義のある方だった。
    この二年ほどは施設に入居されていたが、その施設でコロナのクラスターが発生し、Tさん自身もコロナに感染され、コロナ自体はほどなく完治したそうだが、その後に食欲がなくなってしまい、点滴で命をつなぎとめておられたようだが、このたび眠っている間に特に苦しむこともなくすーっと天に召されたそうである。
    私には、直々に何冊か貴重な本を読んでくださいと手渡してくださったことがあった。
    繰り返し大事に読みなおしていきたいと思う。

    Tさんはあまり多くを語るわけではなかったけれど、以前一度、イスラエルに行った時のことを御話してくださったことがあった。
    こういう御話だったと記憶する。
    イスラエルに行って、エルサレムは自分にとってはあんまり印象に残らなかった、
    しかし、近くの湖(ガリラヤ湖)のほとりに行った時に、なぜか涙が一条すーっと流れたのが忘れられません…。
    その御話を聞いた時に、何か非常に尊いものに触れたような気がしたことが忘れられない。

    Tさんは、今日聞くまで知らなかったけれど、若い時には今のお茶の水女子大に合格して入学が決まっていたけれど、戦争で上京することができなくなり、学問を学びたいというその時の目的は達せられなかったそうである。
    時代がもっと平和であれば、また違った人生を歩んでおられたのかもしれない。
    Tさんのお子さん私は私が少しだけ知っている方々は皆親孝行な良さそうな方たちだったので、おそらくは恵まれた幸せな御一生だったのではないかと思われる。
    しかし、本当に謙遜で柔和で、いつも本当にへりくだった素直な方だった。
    昔のすぐれた大名の奥方や家老の奥方というのはこんな感じの人だったのだろうなぁとTさんを見ながらいつも思った。
    ああいう本当の意味で品の良い貴婦人というのは、もう戦後の世代にはなかなか生まれえないのかもしれないなぁと思う。

    棺を車に運ぶ時に、私も一端を担ったのだけれど、そのあまりの軽さに驚いた。
    かろやかに天国にすでに旅立たれているからだと考えたいと思う。

雅歌 資料(2)

『雅歌② 百合の花とりんごの木』 

 

Ⅰ、はじめに 

Ⅱ、百合の花、りんごの木

Ⅲ、愛の働きかけと愛による合一

Ⅳ、おわりに

 

Ⅰ、はじめに 雅歌の背景・解釈について   

          

      

(左:クリムト「りんごの木」 中央:ミュシャ「フラワー」 右:木槿ムクゲ)の花(英語ではムクゲを「シャロンのばら」と呼ぶ。)

 

前回のまとめ:雅歌は、旧約聖書に含まれる文書の一つ。おそらく紀元前10~6世紀のソロモンから南北王国分裂時代にかけてつくられた文書。ラビ・アキバが「全世界も雅歌がイスラエルに与えられた日と同じ価値を持たない。すべての諸書は聖なるものであるが、雅歌はその中でも最も聖なるものである。」と述べ、ヤムニアの会議で聖書正典に含まれることが決定した。

雅歌は、一見すると世俗的恋愛詩のように読めるが、その解釈には大きく分けると、①寓喩的・象徴的解釈、②戯曲説、③世俗的恋愛の詩集説、④婚礼儀式の際に用いられた歌謡説の四つがある。本講話では①の立場に立ち、、知恵文学として解釈する説(小友聡『謎解きの知恵文学 旧約聖書・「雅歌」に学ぶ』(ヨベル新書、2021年))を採り、ニュッサのグレゴリオスやウォッチマン・ニーを参考にしながら解釈する。その観点から、前回は第一章を読み、アガペーとエロスが融合した形で神と人との愛が象徴的に歌われていることを見た。

 

・ 雅歌2章の構成 

 

雅歌二章では、おとめと若者の愛の歌の応答が一章の内容を受けて続いている。小さな部分から成っており、内容上必ずしも二つに截然と分かれるわけではないが、便宜的に二つの部分に分けて見てみたい。

 

1、百合の花、りんごの木  (2:1~2:7)

2、愛の働きかけと愛による合一 (2:8~2:17) 

 

第二章の前半は、若者がおとめをあざみの中の百合だと述べ、一方、おとめは若者を木々に囲まれたりんごの木だと述べる。これは、相互に特別の存在だと相手を認識することを意味する。また、そのような愛の関係において、「愛が旗印」であることが告げられる。また、そのような愛は決して強制されるものでなく、自発的な愛であるべきことが述べられる。

第二章の後半では、若者が野を越えてやって来て、窓から声をかけ、冬が去り春が来たこと、邪魔をするジャッカルをつかまえること、若者はおとめのものであり、おとめは若者のものであること、日の暮れぬ前に若者に戻って来て欲しいことが告げられる。

 

 

Ⅱ、百合の花、りんごの木(2:1~2:7) (旧約1036-7頁)

 

◇ 2:1 岩波訳(勝村弘也訳)「私は、シャロンの百合、低地の睡蓮」

 

※ 協会共同訳で「ばら」と訳される「ハバッツェレト」は、他の訳では百合、水仙サフラン、アイリスとも訳される。同じく「百合」と訳される「ショシャナー」はアネモネとも訳されるが、岩波訳では「蓮」「睡蓮」と解釈している。

 

※ 英語では「シャロンのばら」は木槿(むくげ)を意味する。シャロンはカイサリアとヤッファの間にある海岸平野。荒れ地の多いイスラエルでは最も緑豊かな農業地帯(巻末地図⑨参照)。

 

 第一章の内容を受けて、おとめは自ら「シャロンのばら、谷間の百合」と言う。これを、当時のパレスチナでは野ばらやむくげや百合はありふれた花で、謙遜の意味だと受けとめる解釈もある。だが、一章において若者が「あなたは美しい」とおとめを褒めて愛していることを受けていることを考えれば、ありふれた野の花の一つかもしれないが、美しい野の花である、という適度な自尊心や自己尊重の意味も含まれていると思われる。神の愛に触れた時に、人は自分の尊厳に目覚める。

 

◇ 2:2 あざみの茂みに咲く百合のよう

 

あざみ:他の訳では「いばら」としているものもある(さまざまな英訳)。

 

※ ウォッチマン・ニーは、いばら・あざみは、堕罪した人間の状態を指すと解釈し、根拠として創世記3:18を挙げている。

・創世記3:18「土があなたのために生えさせるのは/茨とあざみである。/あなたはその野の草を食べる。」

 

※ 若者(神、キリスト)は、おとめ(神を愛する者)を、いばらやあざみの中の百合だと見てくださる。原罪により神から離れてしまった人間が、十字架の贖いによって再び神といのちが通い合うようになり、義とされ、美しい白い純潔の花を咲かす存在と見てくださっている。

 

 2:3 木々に囲まれたりんご

 

 おとめは、若者を「木々に囲まれたりんご」と言う。これは、他の実のならぬ木々と異なり、イエスをいのちの実のなる木として格別に愛することと解釈される。

 「りんご」と訳された「タプアー」は、シトロン、みかん、柘榴とも解釈される。

 

※ 創世記二~三章のエデンの園にある善悪の知識の木といのちの木は、伝統的に図像ではりんごの木に描かれることが多い。

 

※ 聖書において雅歌以外で「りんご」(タプアー)が言及されるのは、以下の二つの箇所である。

 

ヨエル1:12「ぶどうの木は枯れ、いちじくの木は朽ち果てた。/ざくろも、なつめやしも、りんごも/野の木はすべて枯れ/人の子らから喜びは涸れてしまった。」

 

箴言25:11「銀細工に付けられた金のりんごは/時宜に適って語られる言葉。」

 

⇒ これらを踏まえれば、りんごの実は「喜び」を表し、また「言葉」を表す。解釈するならば、いのちの喜びといのちの言葉をりんごの木とその実は現わしており、それらがキリストにあることを知り、愛し、他の実のならぬ木々には目もくれないことを、雅歌の2章3節のこの箇所は指していると解釈できる。

 

 2:4  旗印は愛

 

・「ぶどう酒の館」:ヨハネ2章のカナの婚礼。新約では、キリストはぶどうの木であり、ぶどう酒は聖霊や神とのいのちの通い合い、喜びを意味する。そこに神は招き、いざなってくださる。

 

・「旗印は愛」:軍旗はその部隊の象徴。キリスト者にとっては「愛」こそが旗印であり、人生の目的であり目印である。イエスは人生において一番大切なことは、神を愛し隣人を愛することだと述べた(マルコ12:29-31)。内村鑑三をはじめとした多くのキリスト者が、非戦と愛をもってその生涯を貫いた。愛から離れた者はもはやこの旗印から離れた者であり、キリスト者ではないと言える。愛は決して滅びず(Ⅰコリ13:8)、ゆえに愛の旗のもとにある者は必ず負けることなく勝利する。

 

 2:5  愛は元気づける

 

干しぶどうの菓子、りんご:イエスはぶどうの木(ヨハネ15:1)であり、また雅歌では「りんごの木」である。その言葉や愛は、わたしたちを元気づけ、よみがえらせる。

 

愛に病む:恋はしばしば「恋の病」とも称され、病気にもたとえられてきた。神の愛を求める過程においては、人はしばしば理想どおりにいかず、もどかしい思いや人生の試練の中で苦しむことがあるが、聖書の言葉という「干しぶどうの菓子・りんごの実」を通して、そのつど神は私たちの悩みや苦しみを癒し、慰め、勇気や力をくださる。

 

 2:6  神は私たちをしっかりと支え、抱いてくださる

 

申命記32:10「主は荒れ野で、獣のほえる不毛の地で彼を見つけ/彼を抱き、いたわり/ご自分の瞳のように守られた。」

 

イザヤ40:11「主は羊飼いのようにその群れを飼い/その腕に小羊を集めて、懐に抱き/乳を飲ませる羊を導く。」

 

イザヤ46:3-4「聞け、ヤコブの家よ/またイスラエルの家のすべての残りの者よ/母の胎を出た時から私に担われている者たちよ/腹を出た時から私に運ばれている者たちよ。あなたがたが年老いるまで、私は神。/あなたがたが白髪になるまで、私は背負う。/私が造った。私が担おう。/私が背負って、救い出そう。」

 

 2:7  神は愛を強制せず、自由意志に委ねる

 

※ 風変わりな誓いの言葉は、以下の語呂合わせの言葉遊びではないかという説もある。(岩波訳脚注参照)。

ガゼル(雌羚羊)=ツェバオート、万軍の主の「万軍」=ツェバオート

野の雌鹿=アイロト・ハッサデー、「全能の神」=エル・シャッダイ

 

 ものものしい重い内容とは異なる、軽やかな恋人と同士の言葉遊びの愛のささやきのようなものか。あるいは、「曙の雌鹿」(詩編22:1)という復活の活力の象徴か。

 

※ 「愛が望むまで目覚めさせず、揺り起こさない」

 

⇒ キリストは、自分への愛や信仰を決して強制せず、あくまで説得や勧告を通じた、その人自身の自発的な愛や決断に委ねる(福音書全編を通じて)。

 

⇒ 各自の人生においても、イエスは決して強制せず、その人自身の自由意志を尊重し、辛抱強く神への愛をその人自身が気づき自発的に起こすことを待つ。

 

⇒ 雅歌の一章や二章前半に描かれる神と人との愛は、決して強制に基づくものではなく、このようなおおらかな相手の自由意志を尊重した神の愛に基づくものであること。

 

 

Ⅲ、愛の働きかけと愛による合一 (2:8~2:17) (旧約1037頁)

 2:8~9

・野山を越え、ガゼルや牡鹿のように来る:活力に満ちていることのたとえ。復活のキリストがいのちの活力に満ちていること。

 

・家の外に立ち、窓からのぞき、語りかける:キリストはその人の自由意志を尊重して決して愛を強制しないが、常に働きかけ、呼びかける。

 

ヨハネの黙示録3:20「見よ、私は戸口に立って扉を叩いている。もし誰かが、私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう。」

 

(文集『野の花 2015年』「心の戸口に立って戸をたたく神」 http://pistis.jp/textbox/no/no-2015-a.html#%E3%80%8C%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%88%B8%E5%8F%A3%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%88%B8%E3%82%92%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%81%8F%E7%A5%9E%E3%80%8D  )

 

 

 2:10~14  冬は去り、春は来ている

参照・BSスペシャル 「世界で一番の春 イスラエル 花の聖地の奇跡が見たい」(初回放送2000年、時折再放送あり)

 

・冬は人生の試練の時とも考えられる。また、神から離れ、いのちが枯渇していた時とも解釈できる。

・冬のあとには、必ずいのちに溢れた春が来る。すでにキリストの受難や使徒たちの受難や苦難の時代を経て、福音の春はやって来ている。私たちは、何らのことさらな修行は必要はなく、ただキリストの十字架の贖いを信じるだけで罪が赦され、永遠のいのちを得、神との愛の交わりに入ることができる。

 

いちじく、ぶどう新約聖書においては、それぞれ律法と福音を象徴。神から離れ、愛の旗印のもとにいない人は、実のならぬいちじくとなるが、キリストの招きに応じ神を愛し隣人を愛する者は、いちじく(=律法、旧約聖書の御言葉)によっても、ぶどう(=福音、新約聖書の御言葉)によっても、神といのちを通わせ永遠のいのちの実を結ぶ人生を歩むことができる。

 

「立ち上がって来なさい」:神は私たちがいかなる苦難や絶望を感じていても、再び立ち上がる力を与え、気力を与え、立ち上がらせてくださる(福音書における多くの人を立ち上がらせた記事)。「復活」を意味するギリシャ語Ἀνάστασις(アナスタシス)は、もともとは「立ち上がる」ことを意味する。死から再び立ち上がったキリストのいのちを受ける時、人は再び立ち上がり、歩んでいくいのちの力を得ることができる。

 

岩:Ⅰコリント10:4「皆、同じ霊の飲み物を飲みました。彼らが飲んだのは、自分たちに付いて来た霊の岩からでしたが、この岩こそキリストだったのです。」

 

⇒ 聖書においては、岩はいのちの水の源であるキリストを象徴している。

⇒ つまり、岩の裂け目に住む鳩とは、キリストを自分の避けどころとする者のことであり、そのような者を神は愛し、「あなたの声を聞かせてください」と、祈りや讃美の声を聴くことを何よりも願い楽しみとしてくださる。

 

 2:15   

ジャッカル:他の訳では「狐」。ぶどう畑、つまりエクレシアや人の霊魂を荒らす存在。サタンを指すと考えられるが、しばしば巨大な恐ろしい存在として描かれるサタンも、全能の神から見れば、ジャッカルや狐に過ぎない。神の経綸を邪魔するほど強大な力はなく、せいぜい撹乱を行うことができる程度の存在だが、適切な対策を講じる必要はある。

 特に、今日ではインターネットやマスメディアを通じて、人の心を撹乱し、悪しき方向に引っ張る有害な情報やデマが多いので、それらに適切な対策を講じる必要がある。

 

※ あるいは、サタンや外部から人を邪魔するものと受けとめるのではなく、その人の中にある古い習慣や「古い人」(エフェソ4:22、ロマ6:6)を指しており、キリストの福音によって新しい人となった者は、神への愛や隣人への愛を妨げる古い人の残存と闘って克服すべきこととも解釈できる。

 

 2:16 愛による合一

 

神は私のもの、私は神のもの:愛による主客の合一。

 

ヨハネ17:10「私のものはすべてあなたのもの、あなたのものは私のものです。」

 

参照:西田幾多郎は「愛は主客合一である」と言っている。「神は分析や推論に由りて知り得べき者でない。実在の本質が人格的の者であるとすれば、神は最人格的なる者である。我々が神を知るのはただ愛または信の直覚に由りて知り得るのである。故に我は神を知らず我ただ神を愛すまたはこれを信ずという者は、最も能く神を知りおる者である。」(西田幾多郎善の研究』第四編五章)

 

「百合の中で群れを飼っている」:草で羊を飼うのではなく、百合によって神は羊を飼う。通常の世俗的な物質的な事柄を糧とするのではなく、神の言葉を糧として神は羊たちを養ってくださる。

 

 2:17 日が息をつき:夕方になるとパレスチナ地域に吹く風のこと。

日が暮れる前に、光あるうちに、キリストに出会うべきこと。キリストの再臨を願うこと。

 

Ⅳ、おわりに 

雅歌二章から考えたこと

ウクライナにおけるロシアの侵略戦争や、一昨年より続くコロナ・ウイルスの蔓延など、今この世界には多くの困難が存在している。しかし、雅歌は冬が去り、必ずいのちの春がやってくること、福音の春はすでに来ていることを告げている。これがどれだけ希望を与え、いのちを与える言葉であることか。

 

・愛は自発的であるべきこと。キリストはその生涯の間も、また復活後の二千年以上の間も、決して強制することなく、辛抱強くその人自身の自由を尊重し、一人一人の心の戸口に立って働き続けている。

 

キリスト者の旗印は愛であること。無教会は内村鑑三以来、特に純粋にその旗を立て、その旗のもとに闘ってきたこと。信仰のみの救い、非戦・非暴力、聖書中心主義といった無教会の愛の旗印のもとにおける闘いは、今後も重要性をますます持つと思われる。

 

「参考文献」

・聖書:協会共同訳、新改訳2017、フランシスコ会訳、岩波訳、バルバロ訳、文語訳、ホルマン英訳など。

・大森正樹ほか訳『ニュッサのグレゴリオス 雅歌講話』新世社、1991年

・ウォッチマン・ニー『歌の中の歌』日本福音書房、1999年

雅歌 資料(1)

『雅歌① 神と人との愛』 

 

Ⅰ、はじめに 雅歌の背景・解釈について

Ⅱ、愛の願い

Ⅲ、愛は美を褒める

Ⅳ、おわりに

 

Ⅰ、はじめに 雅歌の背景・解釈について   

          

   

(雅歌についての絵画。左:モロー 中央:アルバート・ムーア 右:エゴン・チューリッヒ

 

雅歌とは旧約聖書に含まれる文書の一つ。

原文のタイトルはシール・ハッシリームで「歌の中の歌」(song of songs)。雅歌という訳語は漢訳聖書に由来する。

雅歌は、文章をそのまま読めば、世俗的な恋愛詩のように読める。

雅歌は、明治期には日本の近代文学に影響を与えたと言われており、島崎藤村の『若菜集』に林檎や狐が登場するのは雅歌の影響と言われる。また、北原白秋は聖書の詩編を愛読していたと伝わっているが、『邪宗門』に収録されている「天草雅歌」のタイトルからもうかがわれるように雅歌にも強い影響を受けていたことがうかがわれる。

 

雅歌の成立年代

 

①ソロモンの時代(紀元前10世紀頃)、

②南北分裂王国時代(紀元前10~6世紀)、

③ヘレニズム時代(紀元前3世紀頃)

の三つの説が有力。

 

①説の根拠は、雅歌の冒頭に「ソロモンの雅歌」とあること。②説の根拠は、雅歌6:4にエルサレムと並んでティルツァの地名が現れること。ティルツァは北イスラエル王国のバシャ・エラ・ジムリ・オムリの四代の王の時代に首都だったこと(列王記上15:33、同16:8,15,23)。③説の根拠は、文章中にギリシャ語やペルシャ語との関連をうかがわせる語彙が混ざっていることだとされる。(私見では、ヘレニズム期は他国の支配や独立戦争等で困難な時期でその時期の文書の多くが黙示的・終末的様相が色濃いことを考えれば、②の時代から徐々に形成されてバビロン捕囚後に成立したもので、伝えられるうちに後代の語彙が混ざったのではないかと思われる。)

 

雅歌はなぜ聖書に含まれたのか?

 

雅歌の文中には、特に神についての言及がなく、また箴言のような知恵についての言及もない。字面だけ読めば世俗的な恋愛の詩のように見える。そのため、当初から聖書の正典に含めるかどうかの議論があり、ユダヤ戦争後にユダヤ教のラビたちが開いたヤムニア会議においても正典に含めるかで議論になった。

 その時に、ラビ・アキバが、

「全世界も雅歌がイスラエルに与えられた日と同じ価値を持たない。すべての諸書は聖なるものであるが、雅歌はその中でも最も聖なるものである。異論があるとすれば、それはコヘレトの言葉に関することだけである。」(『ミシュナー』ヤダイム3:5 https://www.sefaria.org/Mishnah_Yadayim.3.5?lang=bi )

と発言し、聖書に含まれることが決定したと伝えられる。

 

雅歌の解釈について

 

雅歌は古来より多くの論争の対象となり、さまざまな解釈がなされてきた。大別すれば、以下の四つの解釈がある。

 

A、寓喩的・象徴的解釈

B、戯曲

C、世俗的恋愛の詩集

D、婚礼儀式の際に用いられた歌謡

 

 A説は、長い伝統を持つものであり、2~9世紀に形成されたユダヤ教の『タルグム』(アラム語旧約聖書)においては、雅歌は神とイスラエルの歴史を象徴的に描いたものだと解釈された。

また、オリゲネス、ニュッサのグレゴリオス、ベルナールなどは雅歌を寓喩的に解釈し、神と教会・信仰者の関係を描いものだと受けとめた。トマス・アクィナスも最晩年は『神学大全』の執筆を放棄し、雅歌に傾倒したと伝わる。

キリスト教の寓喩的解釈の根拠とされるのは、エフェソ5:21~33の夫と妻の結婚をキリストの教会の関係の譬喩としてパウロが述べている箇所である。他にも、聖書中、ホセア書のように、神とイスラエル(教会、信仰者)の関係を夫と妻の婚姻関係にたとえる表現は存在する。

 

 B説は、19世紀・20世紀に流行した説であり、雅歌の中に①ソロモンとシュラムの女の愛の物語、あるいは、②羊飼いとシュラムの女とソロモンの三角関係の物語を読みこむ説である。矢内原忠雄の雅歌解釈もこの影響を強く受けている。この解釈の難点は、本当にそうした物語を雅歌に読みこむことができるのかという問題であり、かなり強引にストーリーを読みこんでいるのではないかという疑問が呈される。そのため、今日ではB説は一般的には採られない。

 

 C説は、今日では最も有力な学説であり、解釈傾向である。多くの解説書も今日ではこの線上にある。古代エジプトの恋愛詩集の考古学的な復元・解明が進んだ結果、その表現や内容と多くの共通性が雅歌に存在することが指摘されている。また、雅歌をテキストそのままに読めば、特に脈絡もなく、多くのそれぞれは無関係な恋愛についての詩が集められているだけのように受けとめられる。ただし、この場合も、雅歌において当時一般的であった家父長制が存在せず、男女が対等平等の自由な恋愛関係にあること高く評価されている。

 

 D説は、19世紀にシリア駐在のドイツ人外交官のヴェッシュタインらが唱えた説で、中東地域の婚礼儀式においてワスフと呼ばれる長時間かけて花婿や花婿が相互の身体的美点を褒める歌を歌う習慣があり、雅歌もこの中東地域の伝統上にあるという説である。

また、実際に雅歌はメロディをつけてユダヤ人の間でも読まれた。(参照:雅歌の一章の音声: https://mechon-mamre.org/mp3/t3001.mp3 )

 

 上記の説を踏まえた上で、小友聡は知恵文学の一つとして雅歌を読み解くことを提唱している(小友聡『謎解きの知恵文学 旧約聖書・「雅歌」に学ぶ』(ヨベル新書、2021年)。

小友聡は、C説やD説の普及の結果、雅歌は現在ではほとんど教会の説教で取り上げられることもなくなってしまっているが、箴言・コヘレトの言葉とともにソロモンの名前を冠する文章として聖書に収録されており、Aの長い歴史と伝統を有する上に、バルト、ゴルヴィツァー、ローゼンツヴァイク、トリブル、ラコックなどの近年の神学者・哲学者らも雅歌について創世記との関連などから神学的に考察していることを指摘した上で、雅歌は本文テキスト上も聖書の創世記・サムエル記・ホセア書・エレミヤ書などのさまざまな箇所を踏まえた上での極めて高度な謎解きの知恵文学となっていることを指摘している。

 

私見では、小友の議論は説得的であり、単なる世俗的な恋愛の歌としてよりも、聖書に雅歌が含まれているということの意味を受けとめるならば、霊的な愛の書として解釈されるべきであり、その際は知恵文学や寓喩的解釈として説き明かされるべきと思われる(つまりC説からA説への回帰)。

実際、内村鑑三は雅歌について多くは語っていないが(『聖書之研究』では総目録にも雅歌の項目は存在しない)、日記の中に以下の言葉を残している。

 

「『雅歌』は旧約聖書中意味の最も深い書であると思う。その点においてはたぶんヨブ記以上であろう。信仰の奥殿に入った者にあらざればこの書はわからないであろう。そして少しなりともこの書を解し得るは、毛利または島津、三井または岩崎の家に生れたよりも遥かに以上の幸福 である。」

(『内村鑑三全集』第35巻191頁、岩波書店、1983年)

 

この言葉から察すれば、内村鑑三も雅歌を信仰の奥義の書として見ていたと思われる。矢内原忠雄も、上記B説の影響を強く受けながらも、随所にキリストと信仰者個人の霊的な愛の書として受けとめる言及が見られる。

ゆえに、A説の立場に立ったうえで、雅歌を読み解いていきたいと思う。

 

(念のために言うならば、聖書の解釈は自由であるというのが無教会の立場であり、私個人はA説の立場に立つが、他の立場を全く否定するものではない。

むしろ、さまざまな解釈があってこそ、より豊かに聖書を理解できると思われる。)

(参考:ユダヤ教のタルムードは通常四つ以上の複数の解釈を並記していたこと(マゴネット先生)、また塚本虎二の講演(内村は弟子にこれといったことを押し付けず、いつも自由にさせてくれたこと、無教会精神は自由であること等の内容 参照: http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1808242.htm )

 

個人的な思い出

雅歌については、中学生の時に山本七平『禁忌の聖書学』(新潮社、1992年)を読んだことが、大きな印象として残っている。

この本の中で、山本七平は上記のD説を紹介した上で、みずからギリシャ語とヘブライ語から雅歌をかなり官能的な砕けた表現で翻訳している。

のちに山本七平が鶴田雅二や里見安吉などの無教会の人脈に連なっていたことを知り驚いた(山本七平の父は終生鶴田雅二の集会に参加していたとのこと)。

また、島崎藤村北原白秋の詩を愛好してきたので、それらの源泉に雅歌があるということも、最近知って驚きだった。

 

 

・ 雅歌1章の構成 

 

雅歌は全体の構造については諸説あるが、定論はないので、本講話では一章ずつ見ていきたい。雅歌一章は大きく分ければ、二つの部分に分けられる。

 

1、愛の願い  (1:1~1:8)

2、愛は美を褒める (1:9~1:17) 

 

第一章の前半は、乙女が王の愛を願う。象徴的に受けとめれば、神の愛を人が求めることであり、口づけを願い、手をとられ共に走り、愛を通わす。その居場所を知りたいと思い、跡を辿っていく。

後半では、王が乙女の愛に応え、乙女の美しさを褒めたたえる。これは神が私たちの美点や長所を見て、愛してくださることと象徴的に受けとめるならば解すことができる。

 

Ⅱ、愛の願い(1:1~1:8) (旧約1035頁)

 

◇ 1:1 題辞

 

直訳すると、ソロモンの歌の中の歌。ソロモンはダビデの息子で、栄華を極めたと伝えられる最盛期の王。知恵に優れたため、箴言やコヘレトの言葉などの知恵文学の作者とされた。雅歌にソロモンの名前がなぜ冠せられるかの理由として、実際の作者と見る説と、雅歌の文中にソロモンの名前が出てくるからという説と、雅歌が知恵文学であることを示す説とがある。

 

◇ 1:2―3

 

口づけ:直訳すると「彼の口のキス(複数)でキスをしてくれますように」。

 

永井晋は、レヴィナスの哲学やユダヤ教のミドラシュを参照しながら、真の生命が欠けている人間が、もう一度神によって生命を吹き込まれることを願うことを、雅歌のこの箇所は現わしていると解釈している。つまり、創世記2:7の人間の創造において神が生命の息を人間に吹き込んだことと、にもかかわらず真の生命を欠いた存在になってしまったことに対応して、人間の側が神の生命を再び恋い願うことを現わしている解釈している(永井晋「「雅歌」の形而上学/生命の現象学」『現代思想』3月臨時増刊号、2012年、青土社、第40巻3号、300~303頁)

 

「よりも心地良く」:原文はトービームで、トーヴの複数形。トーヴは、創世記において創造したものを神が見て「良しとされた」「極めて良かった」においても使われている言葉である(創世記1:28,31)。

 

ぶどう酒新約聖書ではキリストの血や聖霊の象徴。ここでは、単にたとえとして神の愛が飲み物としてのぶどう酒にまさるとも受けとめられるが、罪の贖いや聖霊というものも、神との愛の交流に寄与してこそ意味があるもので、愛がすべてに優るという意味とも受けとめられると思われる。

 

「一度神の妙なる愛を味い知った者にとっては、この世のいかなる快楽よりも優りて神の愛が慕わしきものである。アガペー(愛)はベスト(至上)なり。」

伊藤祐之「雅歌」黒崎幸吉編『舊約聖書略註 中』1435頁、明和書院、1943年)

 

香油、名ヘブライ語では名=シェムで、香り=シェメンで、かけ言葉になっている。 ニュッサのグレゴリオスは、香油は徳を象徴しており、人間が自分で努力して得られる徳も香りがあるが、神によってそそがれる徳の香りこそが最上であると述べている。

 聖書においては、油は聖霊の象徴としてしばしば現れる。

 神の名・神の霊こそが、最も香り高く、人にそそがれた時に最も香り高いということ(参照:キリストの香り Ⅱコリ2:14~16)

 

 1:4 

 

文語訳「われを引きたまへ。われら汝にしたがひて走らん。」

 

矢内原忠雄「雅歌余香」はこの箇所を引き、以下を述べている。「讃美歌(旧二七四)に、「御手にひかれつつ、天にのぼりゆかん。」という句があるが、肉体を離れて天にのぼりゆく時だけでなく、この世の荒野においてもイエスにしっかり手をとって頂いて、右にも左にも曲がらず、真直ぐに突っ走ることの楽しさよ。たといつまずいて倒れても、イエスは直に手をとって引き起してくださる。」(『矢内原忠雄全集 第十一巻』739頁、岩波書店、1964年)

 

:新約においてはイエスを示す。旧約においても、予表的に象徴的に受けとめるならば、そう受けとめられる。

 

・神に手を引かれ、神と共に人生を走り、神と愛を通わし、生命を交わすこと。

 

「父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛した。私の愛にとどまりなさい。」(ヨハネ15:9) 「とどまる」の原語のメノーは「住む」という意味。

 

「私たちはキリストの体の一部なのです。「こういうわけで、人は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる。」この秘義は偉大です。私は、キリストと教会とを指して言っているのです。」(エフェソ5:30~32)

 

・神と愛を通わせ、生命を通わすことこそ、旧新約聖書を通して聖書が最も重要なこととしていること。

 

 

 1:5-7

 

協会共同訳「黒くて愛らしい」=フランシスコ会訳「黒いけれども美しい」

 

そのまま本文を読めば、ぶどう畑の見張りや農作業で日焼けした女の子が、日焼けして色が黒いけれどもかわいく美しいと主張している。

12世紀のクレルヴォーのベルナールは、黒は人間の罪を象徴しており、罪人である人類が、キリストの十字架の贖いによって罪から解放され、キリストの義の衣を着ることで神の前に美しい存在として立つことができることを現わしているしている。

 ベルナールのような象徴的解釈をとらないとしても、白人による黒人差別の歴史を考えれば、肌の色にこだわらない雅歌のおおらかさは印象的と思われる。(雅歌は、仮に世俗的恋愛の詩集と受け取った場合も、家父長制や人種差別が全く存在せず、自由で対等平等な男女による恋愛をうたっており、あたかもエデンの園が再び実現したような内容であるとは言えると思われる。)

 

兄弟たちのぶどう畑、自分のぶどう畑:象徴的に受けとめるならば、世の中の雑事に煩わされて、神と自分との関係や自分の魂への配慮を十分にできていなかったこと。

 

教えてください:羊飼いのいる場所を尋ね、求める。神への愛に目覚めると、キリストを探し求め、尋ねるようになる。

 

 1:8

 

羊の群れの足跡を辿る:神は目に見えないのでなかなか人にはわからない。また、イエスも遠い時代なので、直接的にはわかりにくい場合もある。そのように神・キリストが見つからないように感じられた場合は、神によって育まれ、神と共に歩んだ人々の生涯を見ると良い。長いキリスト教の歴史、無教会の歴史、本会の歴史(『祈りの花輪』)。

 そうした教会や集会に加わり、接点を持った上で、自分の生活をし、仕事をし、家族などと暮らすこと(「あなたの子山羊を飼いなさい」)。

 

 

Ⅲ、愛は美を褒める (1:9~1:17)(旧約1035~10366頁)

 

 1:9~12 

 

ファラオの戦車隊の雌馬:紀元前1450年頃のガデシュの戦いにおいて、トトメス三世率いるエジプト戦車隊の中に、敵軍の将が一頭の雌馬を送り込み撹乱を図ったという故事にもとづくという説がある(勝村弘也訳「雅歌」旧約聖書翻訳委員会『旧約聖書XⅢ』26頁、岩波書店、1998年(以下岩波訳と略す)。

 

金の頬飾り、銀:ニュッサのグレゴリオスは、首飾りの玉が一つだけでなく複数からなることは、徳は一つだけでなく複数の徳を満遍なく身に着けることの大切さを意味しているという(邦訳75頁)。ウォッチマン・ニーは金の網紐は神の義・命・栄光を身に着けること、銀は贖いを意味すると解釈する(ウォッチマン・ニー『歌の中の歌』日本福音書房、1999年、34頁)

 

 1:12~14

 

ナルド:最上級の香油。福音書では、イエスが受難の前に女性からそそがれた故事が有名。

 

没薬:香料の一種だが、葬式の際に用いられることが多かった。防腐作用があるためミイラづくりにおいても使用された(ミルラ⇒ミイラ)。

新約聖書においてもイエスの遺体の埋葬に用いられた(ヨハネ19:39-40)。十字架上では没薬を混ぜたぶどう酒を兵士たちがイエスに飲ませようとした(マルコ15:23)。東方の三博士がイエスの生誕において黄金・乳香・没薬を贈ったことは(マタイ2:11)、それぞれ王であること・神性を持つこと・受難の死を迎えることを予言していたとも言われる。

 

⇒ したがって、新約の光に照らして解釈するならば、ナルドは心から神を神と認め讃えることを、没薬を乳房の間に置くとはキリストの十字架の死を胸の中に刻んでいつも生きていくことを意味していると受けとめることができる。

 

エン・ゲディ死海西岸にあるオアシス。ナツメヤシバルサム樹の産地として有名。よく灌漑されていたという。「子山羊の泉」という意味もある。

 

ヘンナ:和名は指甲花。パレスチナ地域に自生する灌木で、白い花房からはばらのような香りが匂う。葉からはオレンジ色の染料がとれる。当時、化粧品として広く用いられ、クレオパトラもマニキュアとして用いた。

 

左:ヘンナの花の絵 右:エン・ゲディ

 

⇒ 愛する人は、オアシスのようにみずみずしい生命に満ちており、ヘンナの花のように香り高く美しいということ。

 

⇒ ぶどう園に咲いたヘンナの花ということを、ヨハネ15章のキリスト=ぶどうの木ということを踏まえて受けとめるならば、キリストとつながりキリストの香りを放つようになった人と神が認めて褒めて愛してくださるということ。

 

 1:15  鳩:新約聖書では、聖霊の象徴であり、また純真無垢であることの象徴。

「イエスは洗礼(バプテスマ)を受けると、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の霊が鳩のようにご自分の上に降って来るのを御覧になった。」(マタイ3:16)

 

「私があなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り込むようなものである。だから、あなたがたは蛇のように賢く、鳩のように無垢でありなさい。」(マタイ10:16)

 

⇒ 神は私のことを愛し、良いところや長所や美点を見て褒めてくださるし、聖霊をそそぎ、純真無垢な汚れなき存在であると、キリストの十字架の贖いを通してみなしてくださる。

 

・前回学んだトビト記にも見られるように、神は私たちの良いところを見て、なるべく生かし、育もうとし、愛し、滅びることがないように配慮してくださっている。

 

 1:16-17

愛する人よ、あなたは美しく、麗しい。」  ルター訳:“Siehe, mein Freund, du bist schön und lieblich.” 

 

ヘブライ語のラーナーン。ホセア書14:9の「緑豊かな糸杉」の「緑豊かな」に該当する言葉。新共同訳では同箇所を「命に満ちた糸杉」と訳出。)

 

寝床が緑の茂みとは?:レバノン杉や糸杉が梁や垂木は、高級木材を屋敷の建築に用いていることとも受けとめられる。その場合、寝床が緑の茂みというのは矛盾し、緑色のタイルや装飾を使ったことの譬喩とも思われる。

 しかし、むしろ、この地球の自然そのものが神と愛を交わす場所であり、緑や樹々こそ神が造った大自然という神殿であり、人間はその中に住んでいることを指しているとも思われる。

 

Ⅳ、おわりに 

雅歌一章から考えたこと

 

・雅歌を知恵文学・寓喩として解釈した時には、新約聖書と響き合う内容であることに改めて驚いた。恋愛詩としての解釈も良いが、神と恋愛、霊的な愛の書として読んだ時に、最も深い感銘と喜びを味わえるように思われる。

 

・しばしば、ギリシャ哲学における愛はエロスで、キリスト教における愛はアガペーだとされる。前者は魂の向上を求め相手の美点や長所を愛し相互的な愛であるのに対し、後者は無差別平等の一方的な愛だとされる。しかし、雅歌においてはエロスとアガペーのどちらかではなく、エロスとアガペーがむしろ一体となった愛を描いているように思われる。

 

「参考文献」

・聖書:協会共同訳、フランシスコ会訳、岩波訳、バルバロ訳、文語訳、ホルマン英訳など。

・大森正樹ほか訳『ニュッサのグレゴリオス 雅歌講話』新世社、1991年

・その他の参考文献は資料の文章中に記載。

Oさんのこと

今日、Oさんの告別式があったので、参列してきた。
85歳だったとのこと。

OさんはQ大法学部在学中に矢内原忠雄の講演を聞いて無教会主義のキリスト教の信仰を得たそうで、卒業後はわりと有名なある自動車会社に定年までお勤めされていたそうで、以前わりと偉い役職だったと聞いた記憶がある。
ここ数年は認知症の症状が出ていたようだったけれど、奥さんが本当に良い奥さんでいつも献身的に支えていた。

今日のお葬式には、息子さんやその奥さんや、その子どものお孫さんたちも来ていて、Oさんは良い家族に恵まれた一生だったんだなぁと見ながらあらためて思った。

Oさんが生前に指示していた式次第で、「主われを愛す」や「また会う日まで」などの讃美歌をうたった。

式辞の時に、Oさんがかつて、「聖書は人生の道しるべ」だと言っていたことや、「聖書は私の親友」だと言っていたことが紹介されていた。

若い時に良き信仰を得て、良き家族や良き友人に恵まれ、幸せな生涯だったのだろうと思われた。

トビト記 資料

『トビト記 神の恵みと導き』 

 

Ⅰ、はじめに

Ⅱ、トビトの失明とサラの結婚にまつわる出来事

Ⅲ、トビアの旅と結婚と帰還

Ⅳ、神への讃美とトビトの勧め

Ⅴ、おわりに

 

Ⅰ、はじめに             

     

(左:レンブラント 中央:ヴェロッキオ 右:レンブラント

 

トビト記とは旧約聖書続編の一つ。おそらく紀元前二世紀頃に書かれたと推定される。現在はギリシャ語およびラテン語の写本しか残らないが、アラム語のテキストが最初に存在していたと推定されている。アッシリアによって北イスラエル王国が滅ぼされた後の捕囚の人々の物語のため、おそらく北イスラエル王国の流れを汲む人々に伝わった伝承。トビトが失明し、その息子のトビアが旅をし結婚をして無事に帰還し、トビトの目も癒されることが記される。天使・ラファエルが人間に姿を変えてトビアと旅を共にし、犬も同行する等が記され、聖書中でも物語色豊かな精彩に富んだ特色ある箇所となっている。

 

旧約聖書続編とは旧約聖書ギリシャ語訳である『七十人訳聖書』(セプトゥアギンタ)に含まれているが、ヘブライ語原文が存在しなかったため、プロテスタントによって外典に区分された文書。カトリックでは今でも正典(第二正典)として聖書に含めている。

 『七十人訳聖書』はおそらく紀元前3世紀から紀元前2世紀末に成立したもので、伝説ではエジプトのプトレマイオス朝プトレマイオス2世の勅命で72人のユダヤ教長老が72日間別々の部屋で翻訳し、持ち寄ってみたらすべての語句が細部まで一致していたと伝わる。ヘレニズム時代およびローマ帝国時代はギリシャ語が国際語として流通し、『七十人訳聖書』はギリシャ語翻訳でありながらヘブライ語聖書に匹敵する権威を有した。

新約聖書の時代、キリスト教徒が聖書として参照し、引用したのは『七十人訳聖書』だった。新約聖書そのものもギリシャ語で書かれたが、引用される旧約聖書の文章もギリシャ語の『七十人訳聖書』だった。

しかし、ユダヤ戦争(66-70年)後に、ヤムニア村に集まったファリサイ派の学者たちがユダヤ教再建のためにさまざまな決議を行っていく中で、ヘブライ語原文を有する現在の旧約聖書39文書のみが正典とされ、『七十人訳聖書』のギリシャ語訳のみが存在する文書群は聖書から外された。

このヤムニアの決定はユダヤ教の決定であり、キリスト教はなんら拘束されないものだったため、キリスト教カトリック)の聖書には『七十人訳聖書』に含まれヤムニアの決定で外されたトビト記などの現在「旧約聖書続編」あるいは「旧約外典」とされる文書が聖書として含まれ続け、ヴルガタ訳(カトリック教会で正典とされたラテン語訳聖書)にも含まれた(ヴルガタ訳の中心となったヒエロニムス自身は第二正典をあまり重視していなかったが、ヒエロニムスより古い訳の第二正典部分がヴルガタ訳に収録された)。

しかし、ルターが宗教改革を起こし、プロテスタントが起こる過程で、ヘブライ語原文を重視する人文主義の影響もあり、プロテスタント旧約聖書をヤムニアの決定と同じく39文書とすることとし、第二正典部分は聖書から外されることとなり、カトリックにおける第二正典部分は「旧約聖書外典」として区分されることになった。しかし、プロテスタントの聖書においても、19世紀までは「読めば有益な書物」として巻末に付録として付されるのが通例だった(ジェームズ欽定訳にもアポクリファとして附録のような形で続編部分が収録されている)。だが、19世紀以降、聖書普及のために大量に聖書が配布される時代に「外典」は姿を消した。内村鑑三もトビト記には全く言及していない。

のちに、プロテスタントカトリックが共同で聖書の日本語訳として出版した『新共同訳』や『協会共同訳』においては、「旧約聖書続編」として第二正典・旧約外典部分が収録されることになった。(参照・加藤隆『新約聖書はなぜギリシア語で書かれたか』(大修館書店、1999年))

 

個人的な思い出:私の家族が生前、レンブラントの絵の影響でトビト記を愛読。西洋の絵画には多くのトビト記をテーマにした絵画が存在し、西洋のキリスト教世界においてトビト記が長く愛読されてきたことをうかがわせる。

 

□ トビト記の構成 

 

第一部 トビトの失明とサラの結婚にまつわる出来事(1:1~3:17)

第二部 トビアの旅と結婚と帰還 (4:1~12:22)

第三部 神への讃美とトビトの勧め(13:1~14:15)

 

第一部では、アッシリアの捕囚となった北イスラエルの民の一人であるトビトが、いかに正しく生きた人物であったかが語られる。また、遠くの友人に預けていたお金を除く全財産を失ったことや、失明し、妻とケンカをする様子が描かれる。さらに、のちにトビトの息子・トビアの妻となるサラが、遠く離れた地において、七回結婚しようとして初夜を迎える前に婚約者が悪魔のために死んでしまい、召使にののしられて悲嘆にくれ、神に祈る様子が描かれる。

第二部では、トビトが友人に預けていた大金を返してもらうための旅にトビアが出かけることになり、人間に姿を変えた天使・ラファエルと一緒に旅をすることになる。旅の途中、魚の内臓を入手し、サラの家を訪れ、魚の内臓の香りで悪魔を撃退し、サラと結婚し、無事にトビトの友人からも大金を返却してもらう。無事に帰宅したトビアをトビトは喜んで迎え、魚の内臓からつくった薬でトビトの目も癒される。

第三部では、神へのトビトの讃歌が記される。さらに、アッシリアの滅亡が近いのでニネベから出てメディア地方に逃れることをトビトがトビアに勧め、トビアがそれを実行し、アッシリアの滅亡を見届けたことが記される。

 

 

※ トビト記はどのような物語なのか?そのテーマは?

 

・トビト記は、一見、アッシリア支配下の苦しい状況においても、常に神の教えを守り、正しく生きていたにもかかわらず失明したトビトを、神が天使を通じて助け、癒した物語のように読める。また、サラも、何の落ち度もないのに、悪魔によって七回も結婚する直前に相手が死んでしまうという悲劇に陥っていたのを、トビアと無事に結婚できるように天使が助けてくれたように読める。

また、魚の内臓からつくった薬が、悪魔を追い払い、トビトの失明を癒したというのは、それだけ見れば、荒唐無稽な物語のように見える。

 

⇒ しかし、これから見ていくように、実はトビトもサラも、他人に対してやや厳しく傲慢なところがあり、罪人に過ぎないことをトビト記はさらりと記している。また、そうであるにもかかわらず、その悲しみや祈りを、神がきちんと聞き、見守り、天使を通じて一方的な恵みを与えたことが記される。

 トビト記に出てくる「魚」については、「魚」は初期教会の歴史においてキリストを現すシンボルとなったことを踏まえて読むと、深い霊的な味わいがあると思われる。トビト記はキリスト以前、少なくともその百数十年以上前に書かれた書物であるにもかかわらず、キリストの香りが悪魔を退散させ、人生のパターンを変化させ、魂を癒し、魂の目を開かせることを預言した書物だと受けとめることができる。ユダヤ教の、しかもヘレニズム時代に描かれた書物であるにもかかわらず、実はとてもキリスト教的な内容を含んだ書物と思われる。

 

⇒ 上記二つのことを念頭に、トビト記を読んでみたい。

 

 

Ⅱ、トビトの失明とサラの結婚にまつわる出来事(1:1~3:17) (続1~7頁)

 

◇ 1:1-2 題辞

 

トビト:聖書の他の箇所に登場せず。その先祖たちの名前もトビト記にのみ登場する。最も遡った先祖のアシエルの名前は、ナフタリではなくシメオンの子孫として歴代誌上4:35に名前は出てくるが、ナフタリ支族だとするとトビトの先祖はこれとは別人。

 

シャルマナサル:シャルマネゼル5世(B.C.727-722)のこと。北イスラエル王国の首都サマリアを包囲し、陥落させ、イスラエルの人々を捕囚として連れ去った(列王記下17章)。しかし、シャルマネゼル5世本人も、サルゴン2世によって王位を簒奪され、殺害されたと今日の考古学では考えられている。

 

ティスベ:ティシュベと同じとすれば、エリヤの出身地(列王記上17:1)でギルアド(ヨルダン川東)の一部。ケデシュはガリラヤの一部(巻末地図4参照)。アセルはアシェルと考えると、その北とすればケデシュの南という記述と矛盾。フォゴルは不明。おそらく、ガリラヤの、ケデシュの南周辺の事かと考えられるが、正確な位置は不明。

 

◇ 1:3~22  律法を守るトビト

 

 トビトは「真理と正義の道」を歩み、ナフタリ支族がダンの黄金の子牛を崇拝していた間も、エルサレムの神殿に通い、十分の一の献げ物を行い、孤児・寡婦ユダヤ教に改宗した人たちに施しを行い、祖父の没後は祖母を大切にした。また、ハンナと結婚し、トビアという男の子が生まれ、アッシリアの捕囚となった後も異邦人の食べ物を食べず食物規定を守った。貧しい人々に衣食を配った。

トビトはシャルマナサル王のお気に入りとなり、王の必需品を購入する役人となり、財産を築き、その一部の10タラントン分の銀貨をメディア地方にいる友人のガバエルに預けた。(1タラントン=6000デナリオン。1デナリオンが1日分の賃金とされるので、単純に1万円と考えれば、1タラントン=6千万円。10タラントン=6億円。)

 しかし、センナケリブ(在位B.C.705-681)が南ユダ王国の攻撃に失敗し退却してくると、腹いせでユダヤの捕囚の人々を殺戮した時に、トビトは殺された人々を手厚く埋葬した。それがセンナケリブの怒りに触れ、トビトはお尋ね者となり、財産を没収された。

 トビト記には記されていないが、シャルマネザル5世の後はサルゴン2世がシャルマネザル5世から王位を簒奪して即位しており、サルゴン2世の息子がセンナケリブである。センナケリブバビロニアを征服しバビロンを破壊し、ニネベへの遷都を行ったが、南ユダ王国エルサレム包囲中に息子に暗殺された(列王記下19章)。

その後、トビトの甥アヒカルが混乱を鎮めて王となったエサルハドンの宰相となり、トビトは無事にニネベに戻れることができた。

 

(※ アヒカル:古代アッシリアの格言集を残した賢者。20世紀初頭にエジプトで発見されたパピルスに記された「賢者アヒカルの言葉」は、筑摩世界文学大系第一巻『古代オリエント集』にもその翻訳が収録されている。アヒカルはエサルハドン王の宰相だったが、甥の讒言で窮地に陥ったことや、王の前で生き残るための知恵を格言にしたことが記されている。その格言の中のいくつかは、旧約聖書箴言と共通の内容を持つ。(旧約聖書箴言は、賢者アヒカルの言葉のみでなく、エジプトの格言集「アメンエムオペトの教訓」などとも共通内容が見られる。おそらく、トビト記の作者は「賢者アヒカルの言葉」を愛読していたと考えられる。) 参照:「賢者アヒカルの言葉」

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/cicada/ahikar.html

 

 2:1~13 妻とのケンカ

 

 ニネベの自宅に帰ったトビトは、貧しい人々に施しをしようと思い、広場で殺されているイスラエル人の埋葬を行う。近所の人々にまた同じことをしていると嘲笑される。

 その後、庭で寝ている時に、雀の糞が目に落ちてきて、トビトは失明する。四年間失明の状態が続き、兄弟やアヒカルたちが心配して世話をするものの、失明は癒えなかった。

 妻ハンナは、織物の仕事で日銭を稼いでいたが、ある時に雇い主が山羊をプレゼントしてくれたので連れて帰ると、トビトは盗んだものだと決めつけて怒りだし、ハンナは「あなたの憐みはどこへ行ったのですか。どこにあなたの正義があるのですか。これであなたという人が明らかになりました。」と言う。

 

 3:1~6 トビトの神への祈り(愚痴?)

 

 妻の言葉を聞き、悲しんだトビトは、神を讃え、神の前に悔い改める一見殊勝な言葉を述べたあとで、自分はもう死んだ方がいいので、地上から解放し、死なせてくれと神に祈る。「私が耳にするのは、不当な辱めの言葉」だと主張する。

 

※ ⇒ 失明し、妻からののしられ、トビトが悲しんでの祈りではあるが、トビトの祈りは正当だろうか? 妻に濡れぎぬを着せて、反撃を受けたら、死にたいと神に祈るとは、あまり立派なこととは思われない。

 ⇒ トビト記は、一見トビトを非の打ちどころのない、律法を守る義人として描き、トビト自身も自分でそう思っていることを描いているが、実は妻に濡れ衣を着せ、反撃されると嘆き悲しみ、神に死を祈る、わりと身勝手で愚かな様子もさりげなく描いている。

 

 

 3:7~15 エクバタナにおけるサラの出来事と祈り

 

メディアのエクバタナ:巻末地図6参照。現在のイランのハマダーン。古代において繫栄した大都市。

 

 サラは、それまでに七回婚約して結婚しようとしたが、悪魔アスモダイのために、初夜を迎える前に相手の男性が死んでしまい、未だに独り身だった。

 サラに鞭で打たれた召使から、夫たちを殺したのはサラであり、なぜ自分を鞭打つのか、夫たちと同様に死ねばいいのに、といった内容のことを言われて、ひどく傷つく。しかし、自殺すると父親が悲しむと思い、神に自分の命を取り去るように祈る。

 サラは自分の清らかさを強調し、辱めの言葉への怒りや悲しみを述べ立て、これ以上生きても何にもならないと神に訴える。

 

 ⇒ トビト記は一見、サラが何の落ち度もないのに婚約中の男性に次々と死なれて、そのうえ召使に辱められてかわいそうだと思わせる。しかし、よく読むと、そもそも召使をサラが鞭で打ったので、召使が反撃してののしったことになっている。それに対してサラはひどく傷つき、神に対して命を取り去るように祈っているが、これははたして正しい態度なのか?

 サラがなぜ召使を鞭で打ったのか理由は記されていないが、特にたいした理由がないのだとすれば、あるいは八つ当たりだとすれば、主人としての傲慢さや弱い立場の人への冷淡さが性格としてあるように思われる。

 

 3:16 神の計画: 

トビトとサラの祈りは神に「同時に聞き入れられた」。人間は一度に一つの事しか聞けないが、神は全能なので、同時にすべての人の祈りを聞く。二人を癒すために、天使ラファエルが遣わされた。

 

ラファエル:カトリックではガブリエルとミカエルとともに三大天使とされる。しかし、前二者が新約聖書に登場するのに対し、ラファエルは新約には名前は登場しない。ヘブライ語で「神は癒される」という意味。

 

 

Ⅲ、トビアの旅と結婚と帰還 (4:1~12:22) (続7~22頁)

 

◇ 4:1~20 トビトの教訓

 

 トビトはガバエルに預けていた金を思い出し、トビアに取りに行かせることにする。その前に、トビトはさまざまな人生の教訓をトビアに伝える。

 

・母親を大切にし、神を覚え、正しく生き、施しをすること。身持ちを正しくし、同族と結婚し、怠惰にならず、使用人には賃金を速やかに支払うこと。酒にふけらないこと。思慮深い人々の助言を重んじ、神をほめたたえること。

 

「子よ、何をするにも注意を払い、すべての行為を節度あるものにしなさい。自分が嫌なことは、ほかの誰にもしてはならない。」

 

⇒ トビト記は、ユダヤ人の子弟に人生の教訓や生き方を教え諭す機能もあったと思われる。

 

◇ 5:1~22 天使ラファエルとの出会いと旅の準備

 

 旅立ちに際し、トビアの同行者を求めると、天使ラファエルがそうとわからないように普通の職探しをしているアザリアという人の姿で現れて、同行することになる。

 

 ラファエル(アザリア)は、「あなたに多くの喜びがありますように」「元気を出すのです。間もなく神があなたを癒してくださいます。元気を出すのです。」と優しい言葉をかけ、トビアへの同行も申し出る。それに対し、トビトは、自分は死人同然だといじけたことを言う上に、ラファエル(アザリア)の出自にこだわり、尋ね続ける。

 ラファエルは「なぜ家系を知る必要があるのですか」と言うが、これは家系や出自にこだわらない神や天使の価値観と、それらにこだわるトビトをはじめとした人間の価値観の対照性を示しているようにも思われる。ラファエルは、トビトに合わせて、自分がトビトと同じ部族の良い出自であることを伝えると、トビトは喜ぶ。

 

ハンナは息子トビアの出発を悲しみ、なぜ行かせるのか、金より命が大事ではないかとトビトに言う。トビトは心配するな、きっと無事だと言う。

 ⇒ あとでなかなか帰ってこないトビアを心配し、トビトは悲嘆にくれるので、この時の楽観性は何だったのかとも思われるが、一般的に父親は子どもが旅立つのを送り出すことに積極的で、母親は心配のあまり消極的になりがちな傾向を描いているとも思われる。

 

◇ 6:1~9  犬、魚

 

犬:トビアは、天使ラファエル(アザリア)と、犬と一緒に旅立った。犬が、ペットとして物語中に出てくるのは、聖書中この箇所のみと思われる(箴言などで、譬えにはしばしば登場する)。

 おそらく、天使とともに、犬(ペット)は神の愛や恵みの象徴。共に人生という旅をしてくれて、神の愛を送ってくれる存在(トビト記11章4節に無事に一緒に帰宅することが記される)。

 

:川で捕まえた魚をトビアはラファエルの指示通り捕まえ、胆嚢・心臓・肝臓を薬として保存し、身は焼いて食べて塩漬けにした。

 魚の心臓・肝臓は悪魔退散に、胆嚢は目の回復に良いと告げられる。

 

 6:10~7:17  トビアとサラの出会いと婚約

 ラファエル(アザリア)はトビアに、エクバタナに住むサラの話をし、結婚相手に勧める。トビアはサラが七人も結婚予定相手に死なれたことを恐れるが、ラファエルは魚の肝臓と心臓の香りで悪魔を退散できるので安心するように励ます。

 サラの父ラグエルと母エドナは、トビアとラファエル(アザリア)を歓迎し、サラとの結婚にも同意する。エドナはサラに「娘よ、元気を出しなさい。天の主が、お前の悲しみを、喜びに代えてくださるように。娘よ、元気を出しなさい」と言って送り出す。

 

 8:1~3 魚の肝臓と心臓の香りで、悪魔を追い出す。

 

 8:4~9a トビアとサラの祈り 

 (実は私の結婚の時の誓詞の一部分はここを踏まえて作成)

 

 8:9b~21 ラグエルはトビアが生きていることに感謝の祈りをし、婚礼の宴を開く。

 

 いったい「魚」とは何なのか?

ギリシャ語の魚=ΙΧΘΥΣ (イクチュス) 

 

初期キリスト教の教会においては、ローマ帝国の弾圧下において、「魚」がキリストのシンボルや暗号として用いられた。

 

ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ

エスス・クリストス・セウー・ヒュイオス・ソテール

 

 このそれぞれの頭文字をとると、ΙΧΘΥΣ(魚)となるためである。

 

トビト記が書かれたのはイエスの生誕や十字架上の死の二百年ほど前であるが、聖書が神の霊によって書かれ、旧約聖書の数々がイエスを預言していることを考えれば、キリスト教信仰の立場からは、トビト記がイエスをこのような形で預言していると考えても良いのではないかと思われる。

 つまり、「キリストを知る知識の香り」(Ⅱコリント2:4-16)は、悪魔を退散させるということであり、その象徴的表現や予表ということである。

 魚の心臓と肝臓とは、キリストの心を心として歩み、自らの肺腑とし人生の肝とする時に、その人はキリストの香りを放ち、悪魔を近づけさせないということと思われる。

 

 では、悪魔アスモダイとは何なのか?

 

何か実際に悪魔という霊的な実体がいると考え、そうした存在がサラの婚約者を殺害したと見ることもできる。多くの現代人は、悪魔はおとぎ話上の存在と受けとめがちであるが、何らかの霊的な実体で、目に見えないところで我々に悪しき影響を与える存在がおり、そのことを記しているとも考えられる。

 

その一方で、トビト記のここで言うところの悪魔、つまり、サラの結婚予定者が繰り返し死んでしまう出来事は、人生におけるなんらかの負のパターン、罪の影響による悪いパターンのようなものを指しているとも考えられる。

 ジョン&ポーラ・サンフォード『変革され続けるための鍵』(マルコーシュ・パブリケーション、2018年)という本には、曽祖父・祖父・父が皆39歳の時に死んだ男性の話や、家族の男性が必ず事業に失敗してしまう人や、アル中で暴力的な男性ばかりを相手に選ぶ女性が何代にも渡って続いている家族を持つ女性の事例を挙げ、トビト記のサラの結婚予定相手が次々に死んだことと重ね合わせて考察している(同書290頁)。

 何らかの罪やネガティブな心の傾向の結果が、家族の数世代に渡って繰り返され、似たような悲劇や失敗を繰り返すパターンが大なり小なり存在することは、しばしば見られると思われる。しかし、そうしたパターンを、キリストの心を心として生きれば、打ち破り、幸せになることができるということを、トビト記のこの箇所は示していると思われる。

 

 

◇  9:1~6 ラファエル(アザリア)が、婚礼の宴の途中であるトビアの代理に、証文を持ってトビトの金を預けているガバエルのもとに行き、ガバエルを連れて婚礼の宴の席に戻り、預けていた金も無事に受け取る。

 

 

◇  10:1~11:16 予定の日が過ぎても帰宅しないので、トビトとハンナは悲嘆にくれた。トビアはエクバタナから出発することにし、ラグエルエドナはトビアとサラを祝福して送り出す。トビアは、「どうか両親が生きているかぎり、彼らを尊び敬うように御導きください」と祈り、サラの両親も自分の両親同様に大切にすることを目指し、神に祈る。

 トビアはアザリア(ラファエル)とともに無事に帰宅し、ハンナは抱きしめて迎える。トビアは早速、トビトの目に息を吹きかけ、魚の胆嚢を塗る。すると、トビトは目が見えるようになる。トビトは神を讃える。

 

「神がほめたたえられますように。その大いなる御名はほめたたえられますように。神のすべての聖なる天使もほめたたえられますように。神の大いなる御名によって、私たちが守られますように。すべての天使がとこしえにほめたたえられますように。」

 

⇒ 神とともに、天使もほめたたえている、聖書中めずらしい箇所。

 

 トビトはサラと出会い、サラとその家族たちを祝福し、神に感謝する。祝福と喜び。アヒカルたちもやって来て共に祝う。

 

   

 

◇  12:1~21 トビトとトビアは、アザリア(ラファエル)に感謝し、持ち帰った金額の半分(つまり3億円相当)を報酬として渡そうとする。しかし、ラファエルは、正体を明かし、トビトが死者を埋葬したことをきちんと見ており、記録していたことを告げ、天に昇っていく。

 

 「いつも神をほめたたえていなさい。神があなたがたのためにしてくださった数々の恵みを、すべての生きとし生けるものの前で感謝し、人々が神の御名をほめたたえ、賛美するようにしなさい。神の言葉を、畏敬の念をもってすべての人々に示し、神に感謝することをためらってはなりません。」

「日々、神をほめたたえ、賛美の歌を献げなさい。」

「さあ、地上で主をほめたたえ、神に感謝を献げなさい。」

 

 ⇒ ラファエルによる賛美の勧め。慈善や正義も勧めるが、特に賛美を勧めている。

 

 

Ⅳ、神への讃美とトビトの勧め(13:1~14:15)(続22~26頁)

 

 13:1~18  神への賛美 トビトは、ひたすら神を讃美し、エルサレム(霊的に受けとめるならばエクレシア(教会、集会))を賛美する。

 

 14:1~11 トビトの最後の勧め

 

 トビトはナホムの預言を引きつつ、アッシリアの滅亡が近いことをトビアに告げ、ニネベから出てメディアの地方に逃れることを勧める(史実では、エサルハドンの孫の代にアッシリアは滅亡する)。

 

「さあ、子らよ、あなたがたに命じる。真実をもって神に仕え、神の意に適うことをしなさい。あなたがたの子どもたちに正義と慈善の業を行わせ、彼らが神を覚え、どんなときにも真に、力を尽くして神の御名をほめたたえるように教えなさい。さあ、わが子よ、ニネベから出て行くのだ。いつまでもとどまろうとしてはならない。」

 

 14:12~15  その後のトビア

 

 トビアは、トビトとハンナの死後、サラとともにメディアの地に移り、エクバタナでラグエルらとともに住み、ラグエルエドナに孝養を尽した。トビアは117歳まで生き、アッシリアの滅亡を見届けた。

 

「ニネベとアッシリアの子らに対して神がなされたすべてのことのゆえに、トビアは神をほめたたえた。彼は息を引き取る前に、ニネベに起こったことを喜び、とこしえにいます主なる神をほめたたえた。」

 

⇒ これがトビト記の結び。しかし、トビアのこの反応でいいのだろうか?

捕囚の民がセンナケリブらによって虐殺されたり、トビトが苦労したことを思えば、トビアがアッシリアに深く恨みを抱き、神が裁きを下したことを喜ぶ気持ちはわからなくもない。

しかし、ヨナ書においてニネベの滅亡を惜しみ、回避しようとし、ニネベの市民や動物たちを愛していることを告げた神の慈愛と比べて、トビアはやや民族的に偏狭な心を持ち、アッシリアの滅亡とその中で苦しんだであろう人々に対して冷淡過ぎる印象も受ける。

のちに、バビロン捕囚やユダヤ戦争でアッシリア同様にユダヤの民が滅亡していったのをもし目撃したならば、トビアはこのような他人事の態度をとることはできたのだろうか。

 

⇒ トビトやサラやトビアは、全体としてはよく律法を守り、善人であるにもかかわらず、ところどころ家系や出自にこだわり、自民族中心的で他に冷淡な性格が顔をのぞかせる。ゆえに、旧約聖書続編は、まだ新約聖書のような完全な隣人愛を教える高い啓示の段階には達していないものと言って良いように思われる。

 

⇒ にもかかわらず、天使ラファエルを通して、神は一方的にトビトやトビアとサラに愛と恵みを示し、その良いところを見て、悪いところを責めなかった(しかし、記録はした)。

 

神の一方的な恵みと、それに対する人間の側の応答として、行いよりも讃美を主に強調するという点で、トビト記は旧約から新約への過渡期の、まさに旧約聖書続編と呼ぶにふさわしい、かなり新約に近づいた内容を持つものと言えると思われる。

 

Ⅴ、おわりに 

 

トビト記から考えたこと

 

・天使を通じて、神が癒しや愛を人間に伝えること。また、天使はしばしば、人間の姿をとり、現れること。

 私の人生を振り返った時に、しばしば神や天使が、なんらかの人を通して、助けてくれたり、導いてくれたことがあったように思われる。

 

・キリストの心を心として、キリストの香りを放つように生きる時に、悪魔も恐れるに足らず、悪魔を退散させ、人生のパターンを変えることができる。

 

・トビト記は細部を読むと、実はトビトやサラやトビアが、あまりたいしたことのない罪人の一人であることを記しており、にもかかわらず祈りがきちんと聞き届けられ、神の愛と導きが一方的に与えられていることが記されていることに、今回読んでいて気づかされた。

 

・神の愛や導きや恵みに応答するための人間の側がすべきことは、まず第一に感謝と讃美であり、その他の善行や行為は二次的なものであること。

 

・トビト記で興味深いのは、犬が旅を共にする存在として登場すること。ここでの犬は、人生という旅を共にしてくれる、神の恵みや愛の象徴と思われる。

 

・トビト記は、一見、天使や魚や悪魔といった荒唐無稽な内容の物語のようでありながら、象徴的に神の導きや恵みを解き明かした、極めて霊的に深い物語。読めば有益な書物。ゆえに、旧約聖書の正典とは位置づけないとしても、プロテスタントにとっても旧約聖書続編は学び、味わうに値する文書群であり、今後もっと読まれ、取り上げられることが多くなることが望ましいと思われる。

 

 

「参考文献」

 

・聖書:協会共同訳、新共同訳、フランシスコ会訳、バルバロ訳

・その他の参考文献は資料の文章中に記載。