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大塚公子 「 「その日」はいつなのか。―死刑囚長谷川敏彦の叫び」を読んで

大塚公子『「その日」はいつなのか。―死刑囚長谷川敏彦の叫び』(角川文庫)を読み終わった。

2001年に刑が執行された、長谷川敏彦さんについてのノンフィクションである。

 

長谷川さんは、保険金殺人で二名、別件で一名を殺害し、死刑判決を受けた。

たしかにまぎれもなく重い罪だが、この本を読むと、「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」、なんらかの条件があれば、人はどのような振る舞いでもしてしまうものだ、という歎異抄の言葉を思い出さずにいられなかった。

 

長谷川さんは事業も順調で妻も子もいて、多くの友人もおり、もともとは至って幸せだったそうである。

しかし、ある時、スナックの経営を始めると、そこに暴力団関係者が恫喝にやってくるようになり、わずか四か月で店をたたむ。

その時に、暴力団関係者に借金をしてしまい、法外な利息によりあっという間に借金の額が雪だるま式に膨れ上がり、四六時中返済を催促されるようになった。

もともと持っていた財産は身ぐるみはがれ、必死に働いたがなお返済には到底及ばなくなった。

まともな思考ができない状況の中で、窮余の一策として共犯者と共に保険金殺人事件を二件行った。

しかし、それでも借金の全額には届かず、最終的にずっと自分を苦しめてきた暴力団員を殺害し、そこから犯行が露顕して逮捕され死刑判決を受けた。

 

獄中で長谷川さんは、深く自分の罪を反省し、キリスト教に深く帰依するようになったという。

そして、その心境をあるキリスト教雑誌に綴ったところ、多くのキリスト教の人々から手紙が来て、やりとりするようになったそうだ。

また、おささなじみの友人が一人、ずっと事件後も友情を保ち支え続けたという。

 

しかし、事件後、心痛のあまりか、長谷川さんの姉の一人は自殺。

その数年後、長谷川さんの大学生になっていた息子さんも自殺した。

長谷川さんの父親は、とても良いまじめな人だったそうだが、家族の悲劇を次々に味わった後、ほとんど晩年は家から外出することもない中、病気で亡くなったという。

 

長谷川さんは、贖罪の思いをこめて、絵を獄中で描き続けて、一度は個展も開かれたそうだ。

しかし、死刑が最高裁で確定すると、絵を描くことにも大きな制約が課せられるようになり、個展も二度と開かれなかった。

 

この本を読んでいて、考えさせられるのは、長谷川さんによって保険金めあてで殺害された被害者の兄にあたる野原さんという方の御話である。

野原さんは当初は当然のことであるが、長谷川さんに対して深い憎しみを抱いたが、百通以上の御詫びの手紙を、はじめは開きもしなかったが、やがて読むようになり、そして長谷川さんの家族や友人と会い、ついに長谷川さんとも面会する。

そして、死刑制度の廃止を訴えるようになり、長谷川さんの家族とも交流を続けたという。

 

この本は、長谷川さんの刑が執行される以前に書かれた本なのでそのことは載っていないが、野原さん(野原さんというのはこの本の中での仮名で本名は別だが)は長谷川さんの葬式にも参列したということを聞いたことがある。

 

しばしば、死刑制度は、被害者の遺族の報復感情を満たすためだとか、被害者の遺族の気持ちを考えれば死刑制度を維持すべきだという意見を聞く。

しかし、野原さんのように、被害者の遺族が死刑執行を望まず、死刑制度の廃止を主張しても、それとは関係なく死刑というものは執行されてしまうことを考えると、それらの理由は本当なのか、死刑制度とは何なのだろうと思わざるを得ない。

 

この本を読んでもう一つ印象深いのは、長谷川さんに対して聖書の差し入れを最初に行った弁護士の方や、手紙を出して交流するようになっていったクリスチャンの方がた(その中には死刑が確定すると親族以外面会できなくなるので長谷川さんと養子縁組をした方もいる)の、親身な優しさである。

世間的に言えば、忌まわしい大罪を犯した犯罪者に対して、親身なかかわりや、愛を示すそのあり方は、この冷たい世の中に、こんな人々もいるのかと脅かされるものがあった。

地獄に仏とは、まさにこのことだったろう。

 

本当は、もっと早くから、日ごろから、この社会が、そうした多くの善意や思いやりがはっきり示されている場であれば、事前に多くの悲劇を防ぐことができるのかもしれない。

長谷川さんは事件の前に暴力団の恐喝で苦しんでいた時に警察に相談に行ったが全く相手にされず、絶望して帰ったことがあったという。

その時に、警察なり、他の誰かが、もう少し親身になって適切な助言をすれば、あのような事件は起こらずに済んだのかもしれない。

 

そして、また、人を生かそう生かそうとするそうした善意や愛の積み重ねが、死刑という制度の前に冷酷に断ち切られることにも、暗澹たる思いがせざるを得なかった。

 

死刑制度を廃止し、無期刑を設定する方が、本当は良いのではないか。

この本を読んで、あらためてそう思わざるを得なかった。

 

 

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