中村哲さんの講演を聞いて

今日は、ペシャワール会中村哲さんの講演を聞いた。

 

アフガニスタンの近年の厳しい状況についての御話とともに、近年の治水灌漑事業により六十五万人以上の人が生きる希望を得て、全くの荒れ地だった場所が豊かな緑に変わった様子などを、写真とともに御話してくださった。

影が濃いほど光がくっきり見える、ということもおっしゃっていたけれど、アフガニスタンだからこそ見える、命の輝きや大切なものなどを、あらためて教えていただいた気がした。

絶望することなく屈することもなく、淡々と地道に、とてつもない大きなことを成し遂げてきた中村哲さんは、御身体は小さくて飄々としているけれども、本当に不撓不屈の巨人というか、あらためてその謦咳に接することができて、今日は本当に良かった。

 

アフガニスタンでの活動の中でペシャワール会が一番大切にしていることは、「いかにして相手のことを理解するか」ということだそうである。

人間はとかく単なる違いを善悪や優劣や先進・後進と決めつけ、思い上がり裁いてしまうが、決してそういうことをせず、現地の文化・慣習には一切干渉しない方針を貫いている、ということを御話くださり、そのこともあらためて深い感銘を受けた。

 

また、病気を治すために、その人が何を求めているかを大切に考えること。

人の命を粗末にしないこと。

などなどの御話も印象的だった。

もともとは医療活動から始まったペシャワール会の活動が、本当に病気を治すためにはきれいな水や、健康のための食べ物が必要ということで、井戸掘りや治水灌漑に取り組むようになったことや、そのために江戸時代の柳川藩の堤防技術がとても役に立ったことなど、あらためて印象的だった。

 

講演の最後の方では、人間と自然との関係を見つめ直し、自然と人間がどう折り合いをつけるか、人間と人間とがどう折り合いをつけるか、戦争や暴力ではなく、水と食料と、そうした折り合いをつける知恵にしか、人類の未来はないということをおっしゃっていた。

非常に貴重なテーマで、忘れないようにしたい。

 

質疑応答の時間、私も、「日本では先月の参院選で与党が圧勝し、二年後ぐらいには改憲国民投票が予想されていますが、アフガニスタンから昨今の日本の状況を見ていてどう思われますか?」と質問してみた。

 

すると、哲さんは、以下のような内容のことをおっしゃっていた。

私の記憶で再構成しているので、言葉はそのものではないかもしれないが、内容としては大略以下のものだった。

 

「自分は政治は嫌いだし、遠くにいるのでよくわからないことも多いし、政策論としてはいろいろ政治家もそれなりに考えてやっているのではあろうけれど、言いたいことが二つあります。

 

ひとつは、「その手を放しなさい」ということです。

 

つまり、今の日本はあまりにも経済成長に固執し、経済成長ということをつかみ続け、つかみ過ぎている。

 

イソップ童話に、びんの中のお菓子を手にとって握りこぶしをつくったために、びんから手を抜いて出すことができなくなって泣き叫ぶ子どもの話があります。

しかし、手を放せば簡単に入れる時と同じく抜くことができたわけです。

 

それと同じで、日本にはもうこれ以上の大規模な経済成長はありえないのだから、命や自然や文化や、他の大切なことを育むためにも、経済成長への固執を手放すことを主張したいです。

 

ふたつめは、日本が平和憲法の道ではなく対米協力の道を進むことにより、アフガニスタンでの対日感情が悪化を続けているという事実を伝えたいと思います。

 

敵の味方は敵なので、日本がアメリカなど戦争を起こす国に味方すればするほど、他の国々から敵視されることになります。

 

これは何も、日本が戦争を起こしたわけではなく、日本が戦争を起こしたから嫌われるようになったわけではないのですが、戦争を起こしている国の味方をすると他の国からは敵とみなされるようにどんどんなってしまうわけです。

 

他の国のことは私は必ずしも知りませんが、アフガニスタンでは、近年、どんどん対日感情が悪くなっています。

それは日本がアメリカの味方ばかりしているからです。

 

そのことだけは、はっきり日本に伝える務めが自分にはあると思っています。」

 

とのことだった。

とても貴重な御話が聞けて良かった。

 

他にも、会場からいろんな質問が出て、哲さんも当意即妙に面白い答えをされていた。

 

Q:「アフガンでの女性の地位の低さや女性に対する抑圧が、マララさんについての報道に関連して、しばしば指摘されますが、どう思いますか?」

A:「たしかに、アフガニスタンにおける女性の教育は低い水準です。しかし、女性の教育ということよりも、99.9%のアフガニスタンの女性にとって一番大変なことは、その日の水汲みです。水汲みが一番の重労働となっています。大半の人にとっては、教育よりも、その日の暮らしが大変な現実があります。アフガニスタンの人たち自身が女性の教育については解決すべき問題で、外国が抽象的なことを言ってもあまり解決にならないのではないか。江戸時代の女性も皆不幸だったかというとそうではなかったのではないでしょうか。複眼と、地元の事情や人々の意志の尊重が大事と思います。」

 

Q:「医者として大事なこと、理想の医師像とは?」

A:「患者の身になれる人、広く色んなことを見て察して、その人の生活背景まで見て、考えることができる、聡明で親切な医者だと思います。

専門バカで、生活や背景が見えないのは、理想的とは言えないと思います。」

 

Q:「なぜODAの巨額の支援が現地の人には届かず、ペシャワール会など民間の組織が現地で活動しなければ現地の人がなかなか助からないのでしょうか?」

A:「他の国の場合はわかりませんが、アフガニスタンの事情を言えば、中央政府の力が極めて限られており、地域ごとにいろんな勢力があるため、国家間同士の支援であるODAはなかなか有効に届かず、中央政府に何かをしても、現場に届かず、軍閥同士でお金を分け合って終り、ということになりがちです。ですので、そこに現地に直接行って働くペシャワール会の出番があるというわけです。ただし、水や食料のためであれば、どのような協力もしますので、政府やJICAとも協力できることは協力して現地の活動を進めています。」

 

Q:「個人でできることは何がありますか?」

A:「人それぞれ、自分の立場やテーマで、自分でこつこつやるしかないし、やれば良いと思います。」

 

Q:「元気の源は?」

A:「よくわからないけれど、自分は恵まれていて、やりたくてもやれない人が多い中で、自分の場合、やろうと思えば今までやれてきたということがあると思います。

また、何十億という寄付をいただき、そして何十万という人々が現地で自分たちに期待しておりますから、ここで引き下がれば男がすたるという誇りといいましょうか、心意気、ですね。

自分に限らず、どこの場においても、そして実際にどの病院にも、自分を犠牲にして家族や患者や困っている人のために尽くしている大勢の人が現にいます。

そういう人々すべてが、小さなヒーローと思います。

そうした思いやりの実践が、原動力となっていくのではないかと思いますが、これは見えるが見えないもので、見えないけれど見えるものと思います。」

 

Q:「水路づくりの苦労を御話ください。」

A:「詳しくは本に書いておりますので本で。ただ、ひとついえば、医療の経験が役に立ちました。医療でも、現地にあるものでないと役に立たず、高額の医療機械など維持もできないし電気も無くて役に立ちませんから、そこにあるもので活動する経験を積んできました。水路づくりもその経験が役に立ちました。」

 

Q:「アフガニスタン支援を続けていける信念は?」

A:「それは私にもわからない、やむにやまれぬ大和魂といいましょうか。

あと、昔の年配の人は、あまりそうした質問をしなくて、やむにやまれぬ気持でやっているのだろうなあとお互いに了解があったものです。

なので、特別なことではなくて、誰もがある程度やむにやまれぬ気持でそれぞれいろいろやっていたのが健全な社会で、そういうのが少なくとなると、何か特別な人みたいになってしまいますが、本来特別なことではないと思います。」

 

等々、とても面白かった。

 

また、哲さんは古賀西小学校の出身だそうで、古賀西小学校の生徒たちが自分たちで集めた募金を手渡したり、十年前に当時哲さんと一緒に用水路をつくったという古賀西小出身で今は大学生という女の子が花束を渡したりしていて、見ていてとても微笑ましいというか、日本も捨てたものじゃないなぁとあらためてしみじみ思った。

良い講演会だった。

関係者の方々に感謝。

また、哲さんには、今後ともお元気で無事にご活躍して欲しいと思った。