丸山豊『月白の道』を読んで

丸山豊の『月白の道』を読み終わった。

本当に貴重な本だった。

詩人の丸山豊が、軍医として従軍したビルマ戦線での思い出を綴った文章である。

 

丸山豊は、軍医としてビルマ戦線に出征し、「龍兵団」に属し、水上源蔵少将の側近くで過ごしたそうである。

 

龍兵団は、日本陸軍の中でも最強と呼ばれ、主に福岡や久留米出身の兵隊から編成され、ビルマ方面で壮烈な闘いをしたことが有名だが、この本に描かれる水上少将や丸山豊たちのエピソードは、本当に不思議な優しさと幻想的な雰囲気に満ちていて、とても悲惨な戦場なのに、何といえばいいのだろうか、語弊を恐れずに言えば、「詩情」に満ちたものがあった。

それは、小半世紀経ってから書かれて、著者の丸山豊が昇華し、思い出として純化していたからなのか、それとも司令官の水上源蔵少将の稀有な個性のためなのかは、よくわからないけれど、おそらくは後者の原因によるのかもしれない。

 

水上少将は、参謀本部の無茶苦茶な命令に従っていると部隊が全滅すると考え、自分の一存で作戦命令に抵抗して撤退を決め、そのおかげで部隊が全滅を免れかろうじて多数の人が生き残ったことと、水上少将本人はその責任を負って自身は自殺したという話は、以前別の本で読んで胸打たれたことがある。

ただし、それぐらいしか私は知らなかったのだけれど、この『月白の道』では、水上少将はとても動植物に詳しく、鳥の卵を大切にしたり、実戦や演習の際は最後の一兵が陣地に戻ってくるまでずっと門の側で軍装を解かずに待っていたなど、とても優しくこまやかな人柄だったことが多く描かれていた。

ろくでもない参謀や高級将校が多かった当時の日本軍で、水上少将のような人物がいたのは、せめてもの救いだったのかもしれない。

 

中でも、水上源蔵少将が、

「みんなの体は、それぞれがご両親のいつくしみをうけて育ちあがった貴重なもの、これを大切にとりあつかわぬ国は滅びます」

と言っていた、という記述を読んで、水上少将のような軍人が多ければ、日本も滅びずに済んだのかもしれないと思われた。

 

水上少将の死のくだりも、読みながら、なんとも言えぬ気持になった。

ミートキーナの死守(つまり玉砕)の作戦命令と、水上少将に対して二階級特進軍神にするという電文を受け取っていたにもかかわらず、 水上少将がそれらを無視し、他の人々が周囲にいない時に拳銃で自殺したことと、自殺する前に部下の将兵に南方への「転進」つまり撤退を命じる命令書を作成して遺書がわりに置いていたという、水上少将の行動は、自分の死と引き換えに部下の玉砕を防いで撤退を命じたという点で、司令官として当時の日本の軍人にしては珍しい立派な決断だったと思う。

「抗命」とそのことをこの本では表現していた。

上官の命令が絶対だった当時の時代において、ぎりぎりのところで命令に抵抗する「抗命」は、今の人間からは想像もつかないほど難しいことだったのだろうし、そしてまた、本当は、もっと多くの人が「抗命」をするべき時を弁えてその勇気を持っていれば、もっと多くの人命が助かっていたのかもしれないと思えた。

 

この本で、他に、あと二つ、とても印象的なエピソードがあった。

 

ひとつは、ある同じ部隊の人物が、軍隊内に慰安所をつくることになった時に断固反対し、現地の女性を無事にきちんと元の村まで送り届け、それから程なくてして戦場で戦死した、という話だった。

その人は、著者が書くとおり、「仏」になったと思えてならない。

 

また、ある人から著者が聞いた体験談だそうだが、その人が水上少将が死んだあとの困難を極めた撤退作戦の中で、マラリアにかかり友軍にはぐれ、しばらく眠ってしまったあと、意識が朦朧として間違って来た道を戻っていたら、どう見ても死んでいるはずの道のかたわらにあった死体の兵士が、はっきりと口を開いて、この方向は来た道で間違っている、逆方向に進め、と忠告してくれて、それで助かった、という話である。

 

他にも、撤退の大変さもずっと書いてあって、なんとも言えぬ気持になった。

 

戦争っていうのは、本当にろくでもないとんでもないものとしか言えないとしみじみ思う。

 

平和に、普通に生きて入れるのは、本当に稀有なありがたいことで、それだけで感謝と満足を感ずべきことなのだろう。

冒頭に、戦争の記憶を、ずっとうずく虫歯のようなもので、このうずきを忘れないことが平和なのではないかという意味のことが書いてあったが、直接の経験を持たない私たち以降の世代は、せめてもこうした本を読んで、当事者たちの心の痛みの万分の一でも追体験しようとすることが、少しでも謙虚になるために大事なことなのかもしれない。

 

この本は、先日GWに、星野村の源太窯に行った時に、源太さんからいただいた本だった。

ギャラリーに丸山豊の詩集や本が置いてあったので、私はぜんぜん恥ずかしながら丸山豊について知らなかったのだけれど、良い詩人かどうか尋ねると、源太さんの師匠だったそうで、いろいろ御話してくださった上、この本をくださった。

帰ってから検索してみると、もとの値段は千五百円だったのが、今は絶版で(もうすぐなくなる創言社から出版されていた)四千円以上の値がついていた。

これは読まなくてはと思い、合間合間にちょっとずつ読んで、今日やっと読み終わった。

本当に貴重な本を読むことができて感謝だった。

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