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鎌田柳泓「心学五則」を読んで

先日、鎌田柳泓の「心学五則」を読んだ。
 
鎌田柳泓は、江戸後期の石門心学の思想家で、ダーウィンの数十年前に進化論を唱えたとも言われる独創的な思想家である。
 
いろいろたくさん著作を書いているようで、私はまだ心学五則ぐらいしかしっかり読んだことはないのだけれど、心学五則はとても面白かった。
 
日本思想体系の四十二巻の『石門心学』に収録されているので、図書館などがあればわりと入手しやすいと思う。
 
心学五則とは、持敬・積仁・知命致知・長養の五つの基本的な原則のことで、これに基づいて生きることを説き、それぞれについてわかりやすく説明してある。
 
持敬とは、よく注意して慎んで生きること。
日常のさまざまなことにきちんとよく気付いて自覚的に生きること。
さらに言えば、偏った気持ちを持たずに、公正公平を心がけることである。
 
積仁とは、仁、つまり愛情を持って生きること。
具体的には、怒ったり、悪い言葉を使ったり人をののしったりせず、人に親切に、施しなどをして生きて行くことである。
この人生を、愛を実践する場として生きることである。
 
知命とは、天命や運命を知って安んじること。
鎌田柳泓が言うには、知命には主に二つある。
ひとつは、人生には浮き沈みや良い時と悪い時とがあり、そのことを心得て一喜一憂せず、避けられぬことは落ち着いてしっかり引き受けて行くということである。
と同時に、持敬と積仁を実践していれば、つまりよく慎んで注意して、そして愛をもって生きていれば、どんどん幸運や良い結果が生じていくし、逆もまたしかり、ということを知ることである。
この二つを知って、心安んじて生きていくことである。
 
致知とは、持敬の工夫を深めて、観心、つまり心の思いをひとつひとつ常によく観察して気付きをもって生きていると、だんだんと心が清まり、虚明無著、つまり清らかな明るい心になるそうで、その工夫と実現のことである。
森羅万象は一真の妙なる働きであり、つまり心の奥底の虚明とつながって自分の心やあらゆる現象もあるので、この虚明をしっかり認識してこれに沿って生きることができるように、心の観察と心の浄化に努めることである。
 
長養とは、虚明の状態をよく守り育てていく存養と、自分の心を観察してよく反省して誤りを正していく省察の二つ、つまり存養・省察が長養である。
心を存養・省察によって磨いていくと、ますます心は光明を放つようになる。
 
といったことが書かれている。
 
なかなか面白い、江戸時代の日本人の思想のひとつだと思う。
 
なるべく私も心がけたいことだなぁと思う。