若干の考察 名古屋と福岡の比較

先日、名古屋を訪れた。

名古屋について論じるほどの知識は何もないのだけれど、旅して印象的だったことがある。

それは、名古屋の気前の良さである。

 

ひつまぶしを食べる時も、薬味はいくらおかわりしても無料である。

 

これは、名古屋の人にとっては当たり前のことなのかもしれないが、福岡であれば、確実にいかに少額であろうと、薬味のおかわりの時には課金しそうな気がする。

 

ひつまぶしの薬味だけから、名古屋は気前が良いと思うのは、早計に過ぎると言う人もいるだろう。

 

しかし、私の印象が間違いないと思うのは、地下鉄におけるトイレの設計である。

 

福岡では、改札口を入ってからしか、トイレは存在しない。

したがって、切符を購入した人しかトイレは利用できない。

 

しかし、名古屋の地下鉄は、すべて改札口の外にトイレが設計してある。

つまり、切符を買っていない人まで、誰でも利用できるのである。

 

かつ、名古屋の交通の便利さは、福岡から見るとうらやましい限りである。

地下鉄が基本的に一本しかない福岡と比べて、東山線名城線など、いくつもの地下鉄が機能的に走っている。

その上、地上の道路もきわめて広々としていて、片側五車線の道路まである。

 

また、名古屋では、道路におそらくはかつての路面電車の駅だったところが、バス停の駅として残されており、人が安全に乗降車できるスペースが気前よく確保されている。

福岡のせせこましくやたら危険な道路やバスとはえらい違いである。

 

名古屋が便利なのか、福岡が不便なのか。

人口二百数十万以上の大都市名古屋と、せいぜい百数十万の福岡では規模や財政が違うからとはいえ、この違いはなんであろうか。

 

それと、ざっと見たところ、名古屋は名古屋嬢というのであろうか、福岡ほど化粧の濃くないシンプルな美女が極めて多い気がする。

福岡も、全国からかわいい女の子が多いと言われているし、たしかにそうでもあるのだが、福岡の女性はたいてい気が強そうであるし(そして実際にその多くは気が強すぎるし)、やたらチークを塗ったくって化粧が濃い目なのに対し、名古屋嬢は程よくシンプルでしかも優しそうでとても良い気がした。

 

あと、おそらくはもともと裕福な地域なのだろうか、江戸期や明治期の豊かさをうかがわせる建築や美術品も多いし、そうした土地柄のせいか、どの人も基本的に幸せそうな、のびっとした印象を受ける気がする。

それと比べて、福岡はなんというか、たしかにやたら能天気な楽しげな人が多いのは事実としても、随分とみみっちくて貧しげな気がする。

江戸期や明治以後の豊かさも随分違ったのだろう。

 

福岡の場合、たとえばデートをしても、女性はいかにして男性に全額おごらせるか、男性の側はいかにして割り勘に持ち込むか、見えざる暗闘が常に行われている気がするが、聞くところによると、名古屋ではお互いに自分が支払おうとする良風美俗が存在しているそうである。

なんとうらやましいことか。

 

また、海老フライも名古屋のものは非常に大きいことに驚いた。

気前よく上等な良い海老をフライにするのだろう。

福岡の海老フライははるかに小さいのは、お店がさもしいのだろうか、それとも少しでも安く買おうとする客の側のせいなのだろうか。

 

考えてみれば、江戸期の大名の多くは、濃尾平野の出身であった。

織田・豊臣・徳川にくっついて、濃尾平野出身者の多くが大名となり、したがって明治期の華族にもそうした人が多かった。

そのうえ、明治期以降は企業家で成功した人も多い。

それと比べて、福岡はさして偉くなった人も多くはなく、石炭成金が若干いた程度ではなかったろうか。

おそらく、江戸期も、御三家のひとつとして徳川から優遇され信頼されていた尾張徳川と異なり、外様大名の中でも関ケ原で天下を狙っていた黒田藩は常に徳川から疑惑と猜疑の目で見つめられ、いささかものびっとすることはできなかったろう。

また、濃尾平野の豊かさを背景にした尾張藩と比べて、福岡は土地も狭く、開発も早くから限界に達し、経済的には表高の差異以上の差異があったのではなかろうか。

 

名古屋には戦前の素敵な洋館が数多く残っているのに対し、福岡はなんと少ないのだろう。

空襲で焼けたかどうかもあるのかもしれないが、そもそも空襲の前にも、かなりその数に違いがあったのだろう。

 

しかも、名古屋は東京にも京都大阪にも近いのに対し、福岡のなんと遠いことか。

 

福岡が仮に名古屋よりも良さそうな点があるとすれば、韓国や中国に近いという点かもしれないが、そんなに一般市民がしょっちゅう海外旅行を普通はするわけでもない。

玄界灘の海の幸に恵まれているという点は、たしかにあるかもしれないが、伊勢湾もなかなか良さそうではある。

 

多くの天下人や大名を輩出した愛知と、もともと貧しい成り上がりの小大名の黒田がやって来てなんとか徳川の圧迫のもとで生き残ってきた福岡とは、歴史の上でも影と日向ぐらいの差がある気がする。

 

なんともはや、名古屋のうらやましきことよ。

 

しかし、私は、ひがみやみみっちさもひっくるめて、福岡が好きである。

仮に名古屋人になくて、福岡人や九州人にあるものがあるとすれば、それはこのひがみやみみっちさもひっくるめた、剽悍で狷介なところだけかもしれない。

 

とはいえ、剽悍なことが良いとは一概には言えないだろう。

戦時中、大阪や名古屋の師団の兵隊の戦死率は、福岡や熊本の連隊や師団に比べて圧倒的に少なかったと聞いたことがある。

福岡や熊本の兵隊は、馬鹿正直に突撃の命令で勇んで突撃しバタバタ戦死したが、大阪や名古屋の兵隊は適当に上官の命令を聞き流して面従腹背でうまくやったと。

日露戦争でも、九州と東北ばかりが特におびただしく戦死したそうである。

 

気前の良さや適度な知恵について、福岡は、名古屋に見習った方が良いのかもしれない。

また、交通網の整備については、少しは真剣に見習ってほしいものだとしみじみ思う。