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「トマス・デビツドソンの訓誡」 

内村鑑三全集を読んでいたら、トマス・デヴィッドソンという人の二十からなる訓戒が翻訳されて載っていた。よく知らない人物だし、日本ではほとんど知られていないみたいだけれど、19世紀後半のアメリカの哲学者・著述家だったらしい。

https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Davidson_(philosopher)

 

とても良い言葉なので、タイピングしてみた。

後日、原文も探してみたいと思う。

 

 

 

「トマス・デビツドソンの訓誡」  内村鑑三全集13巻243ページ

明治 38年 8月 10 『新希望』 66号「智識」

 

編者いわく、トマス・デビツドソンは米国近時の学者なり。深く古今の哲学に達し、その該博の智識に驚くべきものあり。しかも彼は職を大学の講座に求めず、また進んで革命の陣頭に立たず。静かに己れを養い、「高潔なる人士の新共和国」を建設するをもって自から任とせり。左に訳する彼の訓誡なるものは彼がかつてニューヨーク市なる某労働者団体に送りしものにして、もって彼の意気の一斑を窺うを得べし。余輩はかかる高潔なる文士のなお米国に残留するあるを見て(しかもそのキリスト教会以外に)大いに余輩の志を強くするものなり。

 

 

第一条 汝自身の能力によるべし、他人の援助をまつなかれ、また彼らに依頼するなかれ。

 

第二条 汝の全力を尽くして汝自身の最高の理想にすがるべし。富、地位、人望と称するが如き世俗の目的に迷わさるるなかれ。汝は汝自身たるべし。

 

第三条 汝の真価は汝の品性に存す。汝の財産に存せず、 汝の品性はついに汝の行為に現わるべし。

 

第四条 苛立つなかれ、怨むなかれ、妬むなかれ、汝の境遇を汝よりも幸福なる人の境遇に較べて見て己れに不快を招くなかれ。ただ汝に臨みし機会を充分に利用せよ。片時瞬間たりとも有益に使用せよ。

 

第五条 汝が遭遇する最も高気なる人と交われよ。最も善き書を読むべし。世界の偉人を友とせよ。同時に単独にして幸福なる道を学べよ。

 

第六条 雄大なることと勇壮なることとはすべて過去に属すとおもうなかれ。貴人、預言者、英雄、聖人を汝の周囲の人の中に求めよ。汝は必ず彼らを発見するを得べし。

 

第七条 善人が天国において受けんと欲する幸福を汝は地上において得んとせよ。

 

第八条 理想的友誼を修めよ。飢え渇くごとく真理を慕う汝の知人はこれを一団となして汝の周囲に集めよ。記憶せよ、天国とて高潔人士の親交以外のものにあらざることを。

 

第九条 有益にして仁慈なる行為はその難きと嫌わしきとにかかわらず、これを避けんとするなかれ。行為の価値はこれを行う精神の如何によりて定まるなり。

 

第十条 もし汝が世俗の方法を採らざるのゆえをもって、世の迫害するところとなるも、汝の心を悩ますなかれ。ただ汝が執る道の正義の道なることを確かめよ。

 

第十一条 汝の計画がことごとく失敗に終るも落胆するなかれ、汝の目的の義しき間は汝自身は失敗せざりしなり。

 

第十二条 毎夜己に省みよ、しこうして汝は日の中に智識と同情と善を為すの力とにおいて進歩せしかを想え。しこうしてこの進歩なきの日はこれを損失の中に数えよ。

 

十三条 快楽はこれを力行において求めよ。安楽において求むるなかれ。吾人の価値は単に吾人の遂行せし事業によりて定まる。

 

第十四条 汝の善行をして職業的たらしむるなかれ。これをして汝の品性の天真有のままの発動たらしめよ。ゆえに第一に品性を養うべし。

 

第十五条 もし罪を犯さば罪を犯したりと言え。しこうしてできうる限りその弁償をはかれよ。これ真正の勇気なり。罪を犯しながらこれを隠して道徳的債務を担うなかれ。

 

第十六条 いかなる行為に出んかとの問題に困むことあるか、その時は己に問うていえ、我が理想は我に何を要求するかと、汝の理想を実行して汝自身と和睦せよ。

 

第十七条 善行の報償を望むなかれ、善行の褒章は善行そのものなり。記憶せよ、天国と地獄とはもしこれを賞罰のために設けられしものとみるときは、これ全然不義の制度なることを。

 

第十八条 善のために企てられしすべての運動と計営とに対しては汝のできうる限りの賛成と援助とを与えよ、汝は宗派的なるべからず。

 

第十九条 いかなる看板をも汝の身の内外に掲ぐるなかれ、ただ全然人道的たれ。

 

第二十条 造化の意味と人生の目的とを解するまでは満足するなかれ、汝の思想界をして道理に合う調和の宇宙たらしめよ。

 

原文

MORE THAN 100 YEARS OLD 20 MAXIMS

 

 

1. Rely upon your own energies, and do not wait for, or depend on other people.
2. Cling with all your might to your own highest ideals, and do not be led astray by such vulgar aims as wealth, position, popularity. Be yourself.
3. Your worth consists in what you are, and not in what you have. What you are will show in what you do.
4. Never fret, or envy. Do not make yourself unhappy by comparing your circumstances with those of more fortunate people; but make the most of the opportunities you have. Employ profitably every moment.
5. Associate with the noblest people you can find; read the best books; live with the mighty. But learn to be happy alone.
6. Do not believe that all greatness and heroism are in the past. Learn to discover princes, prophets, heroes, and saints among the people about you. Be assured they are there.
7. Be on earth what good people hope to be in heaven.
8. Cultivate ideal friendships, and gather into an intimate circle all your acquaintances who are hungering for truth and right. Remember that heaven itself can be nothing but the intimacy of pure and noble souls.
9. Do not shrink from any useful or kindly act, however hard or repellent it may be. The worth of acts is measured by the spirit in which they are performed.
10. If the world despises you because you do not follow its ways, pay no heed to it. But be sure your way is right.
11. If a thousand plans fail, be not disheartened. As long as your purposes are right, you have not failed.
12. Examine yourself every night, and see whether you have progressed in knowledge, sympathy, and helpfulness during the day. Count every day a loss in which no progress has been made.
13. Seek enjoyment in energy, not in dalliance. Our worth is measured solely by what we do.
14. Let not your goodness be professional; let it be the simple, natural outcome of your character. Therefore cultivate character.
15. If you do wrong, say so, and make what atonement you can. That is true nobleness. Have no moral debts.
16. When in doubt how to act, ask your self, What does nobility command? Be on good terms with yourself.
17. Look for no reward for goodness but goodness itself. Remember heaven and hell are utterly immoral institutions, if they are meant as reward and punishment.
18. Give whatever countenance and help you can to every movement and institution that is working for good. Be not sectarian.
19. Wear no placards, within or without. Be human fully.
20. Never be satisfied until you have understood the meaning of the world, and the purpose of our own life, and have reduced your world to a rational cosmos.

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石原兵永 「回心記」

石原兵永『回心記』を昨夜読了。

内村鑑三の弟子の石原兵永の、若い時の回心の体験とその前後を、当時の日記や記憶をもとに書いてある本。
非常に貴重な体験を描いた本だと思う。

個人的には、石原自身の回心も興味深いのだけれど、その回心のあとに、内村が石原に与えたアドヴァイスや注意がとても興味深かった。

単なるfeelingだけでなく、reasonなものとしての信仰を、回心の感激のあとにも忘れず心がけるべきこと。
また、回心の体験は、非常に短期間の劇的なものである人もいれば、長い時間をかけて穏やかに進む人もいること。
等々、内村の洞察や石原の思索はとても興味深く、ためになった。

 

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今日聞いたある御話

今日、H先生が先日、台湾に行ってきた時の御話を聞いた。

林良信さんという方にお会いしてきたそうで、その方のお父さんの林添信さんとお母さんの林千代さんという方が内村鑑三の弟子だったそうである。

 

林添信さんは、日本統治下の台湾から東京の学校に留学して、その頃、内村鑑三の弟子になったそうだ。

もともと身体が弱く、台湾に帰国した後も無教会の信仰を貫きながらも、一生涯重い病気や治療に苦しんだそうである。

 

日本にいた時に林添信さんは、沖縄出身の千代さんという女性と知り合い、千代さんは両親や周囲の猛反対を押し切って林添信さんと結婚し、良信さんが生れたそうである。

両親ともにキリストへの信仰を戦後の台湾で保ち続けていた家庭に生まれ育ったものの、林良信さん御本人は長い間キリスト教は信じていなかったそうである。

 

林添信さんが天に召された時も、どうしてこのように神に忠実に生き続けた父が一生涯病気に苦しめられたのかという疑問が湧くのを拭えなかったそうである。

 

それからしばらく時が経ち、母親の林千代さんも老いと病気で臨終の時を迎えたそうだが、その時の出来事で、良信さんは心境が一変してキリストを信じるようになったそうである。

どういうことがあったかというと、病院のベッドで臥せっていた母親の千代さんが、急にある時目を覚ますと、しきりに自分に何かを話したという。

 

呼吸が苦しそうな状態ではじめは何を言っているのかよく聞き取れなかったが、何度も一生懸命話しかけるのを聞いていくと、こういうことを言っていたそうだ。

 

白い衣を着た人に出会い、一面に紫の美しい花が咲いているところがあった。

美しい水の流れが流れているところだった。

そこで、亡くなった林添信さんとも再会した。

 

そのことを千代さんは目を輝かせて話したそうである。

そして、翌日意識を失い、間もなく天に召されたそうである。

 

良信さんは母親の千代さんのその言葉をはじめ聞いた時は、何か夢か幻でも見たと思って聞いていたそうである。

しかし、千代さんが天に召された後になって、一瞬のうちにすべてわかる時があったそうである。

その時に、林良信さんは、復活ということがあると心の底から信じることができるようになり、自分のように罪深く神を信じることもできない人間を導くために、父も母もその尊い一生を費やしてくれたことと、すべてが神の導きであったと一瞬のうちに悟ることができたそうである。

 

なんとも胸を打たれる話だった。

私もいつか、そのような紫の花の一面に咲く場所を見て、そこで先立った人たちに会う時もあるのだろうか。

そう思うと、この人生は虚しい滅びだけではなくて、大いなる慰めや希望を得ることができるような気がする。

川島重成 「イエスの七つの譬え」

とても面白い、良い本だった。

新約聖書の中には、多くのイエス・キリストが説いた、たとえ話が出てくる。
しかし、現在伝わっているイエスのたとえ話は、おそらくマタイやルカによって改変され、特定の文脈や解釈に埋め込まれてしまっている。

著者は、マタイやルカの文脈からいったん切り離し、可能な限り原形に近い形にイエスの語ったたとえ話を復元し、その上で独自の解釈をこの本の中で示している。

こんなにも、もともとのイエスのたとえ話は、新鮮で、鮮烈なものだったのか。
本当に自由と喜びに満ちた、稀有なたとえ話の数々。
世の中にこんな本があるんだなぁと、ひさびさに驚嘆する本だった。


この本は、先日昇天したMさんから、二年ぐらい前にいただいた本だった。
きちんと重要な箇所に赤線が引いてあったり、端正な字で書き込みがあって、しっかり読まれていたんだなぁと胸打たれる思いがした。

この本で学んだことも、しっかりと生かして、生きていきたいものだと思う。

業績主義を打ち破る、圧倒的な恵みという福音の新鮮な喜び。

 

 

イエスの七つの譬え

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中村哲さんの講演を聞いて

今日は、ペシャワール会中村哲さんの講演を聞いた。

 

アフガニスタンの近年の厳しい状況についての御話とともに、近年の治水灌漑事業により六十五万人以上の人が生きる希望を得て、全くの荒れ地だった場所が豊かな緑に変わった様子などを、写真とともに御話してくださった。

影が濃いほど光がくっきり見える、ということもおっしゃっていたけれど、アフガニスタンだからこそ見える、命の輝きや大切なものなどを、あらためて教えていただいた気がした。

絶望することなく屈することもなく、淡々と地道に、とてつもない大きなことを成し遂げてきた中村哲さんは、御身体は小さくて飄々としているけれども、本当に不撓不屈の巨人というか、あらためてその謦咳に接することができて、今日は本当に良かった。

 

アフガニスタンでの活動の中でペシャワール会が一番大切にしていることは、「いかにして相手のことを理解するか」ということだそうである。

人間はとかく単なる違いを善悪や優劣や先進・後進と決めつけ、思い上がり裁いてしまうが、決してそういうことをせず、現地の文化・慣習には一切干渉しない方針を貫いている、ということを御話くださり、そのこともあらためて深い感銘を受けた。

 

また、病気を治すために、その人が何を求めているかを大切に考えること。

人の命を粗末にしないこと。

などなどの御話も印象的だった。

もともとは医療活動から始まったペシャワール会の活動が、本当に病気を治すためにはきれいな水や、健康のための食べ物が必要ということで、井戸掘りや治水灌漑に取り組むようになったことや、そのために江戸時代の柳川藩の堤防技術がとても役に立ったことなど、あらためて印象的だった。

 

講演の最後の方では、人間と自然との関係を見つめ直し、自然と人間がどう折り合いをつけるか、人間と人間とがどう折り合いをつけるか、戦争や暴力ではなく、水と食料と、そうした折り合いをつける知恵にしか、人類の未来はないということをおっしゃっていた。

非常に貴重なテーマで、忘れないようにしたい。

 

質疑応答の時間、私も、「日本では先月の参院選で与党が圧勝し、二年後ぐらいには改憲国民投票が予想されていますが、アフガニスタンから昨今の日本の状況を見ていてどう思われますか?」と質問してみた。

 

すると、哲さんは、以下のような内容のことをおっしゃっていた。

私の記憶で再構成しているので、言葉はそのものではないかもしれないが、内容としては大略以下のものだった。

 

「自分は政治は嫌いだし、遠くにいるのでよくわからないことも多いし、政策論としてはいろいろ政治家もそれなりに考えてやっているのではあろうけれど、言いたいことが二つあります。

 

ひとつは、「その手を放しなさい」ということです。

 

つまり、今の日本はあまりにも経済成長に固執し、経済成長ということをつかみ続け、つかみ過ぎている。

 

イソップ童話に、びんの中のお菓子を手にとって握りこぶしをつくったために、びんから手を抜いて出すことができなくなって泣き叫ぶ子どもの話があります。

しかし、手を放せば簡単に入れる時と同じく抜くことができたわけです。

 

それと同じで、日本にはもうこれ以上の大規模な経済成長はありえないのだから、命や自然や文化や、他の大切なことを育むためにも、経済成長への固執を手放すことを主張したいです。

 

ふたつめは、日本が平和憲法の道ではなく対米協力の道を進むことにより、アフガニスタンでの対日感情が悪化を続けているという事実を伝えたいと思います。

 

敵の味方は敵なので、日本がアメリカなど戦争を起こす国に味方すればするほど、他の国々から敵視されることになります。

 

これは何も、日本が戦争を起こしたわけではなく、日本が戦争を起こしたから嫌われるようになったわけではないのですが、戦争を起こしている国の味方をすると他の国からは敵とみなされるようにどんどんなってしまうわけです。

 

他の国のことは私は必ずしも知りませんが、アフガニスタンでは、近年、どんどん対日感情が悪くなっています。

それは日本がアメリカの味方ばかりしているからです。

 

そのことだけは、はっきり日本に伝える務めが自分にはあると思っています。」

 

とのことだった。

とても貴重な御話が聞けて良かった。

 

他にも、会場からいろんな質問が出て、哲さんも当意即妙に面白い答えをされていた。

 

Q:「アフガンでの女性の地位の低さや女性に対する抑圧が、マララさんについての報道に関連して、しばしば指摘されますが、どう思いますか?」

A:「たしかに、アフガニスタンにおける女性の教育は低い水準です。しかし、女性の教育ということよりも、99.9%のアフガニスタンの女性にとって一番大変なことは、その日の水汲みです。水汲みが一番の重労働となっています。大半の人にとっては、教育よりも、その日の暮らしが大変な現実があります。アフガニスタンの人たち自身が女性の教育については解決すべき問題で、外国が抽象的なことを言ってもあまり解決にならないのではないか。江戸時代の女性も皆不幸だったかというとそうではなかったのではないでしょうか。複眼と、地元の事情や人々の意志の尊重が大事と思います。」

 

Q:「医者として大事なこと、理想の医師像とは?」

A:「患者の身になれる人、広く色んなことを見て察して、その人の生活背景まで見て、考えることができる、聡明で親切な医者だと思います。

専門バカで、生活や背景が見えないのは、理想的とは言えないと思います。」

 

Q:「なぜODAの巨額の支援が現地の人には届かず、ペシャワール会など民間の組織が現地で活動しなければ現地の人がなかなか助からないのでしょうか?」

A:「他の国の場合はわかりませんが、アフガニスタンの事情を言えば、中央政府の力が極めて限られており、地域ごとにいろんな勢力があるため、国家間同士の支援であるODAはなかなか有効に届かず、中央政府に何かをしても、現場に届かず、軍閥同士でお金を分け合って終り、ということになりがちです。ですので、そこに現地に直接行って働くペシャワール会の出番があるというわけです。ただし、水や食料のためであれば、どのような協力もしますので、政府やJICAとも協力できることは協力して現地の活動を進めています。」

 

Q:「個人でできることは何がありますか?」

A:「人それぞれ、自分の立場やテーマで、自分でこつこつやるしかないし、やれば良いと思います。」

 

Q:「元気の源は?」

A:「よくわからないけれど、自分は恵まれていて、やりたくてもやれない人が多い中で、自分の場合、やろうと思えば今までやれてきたということがあると思います。

また、何十億という寄付をいただき、そして何十万という人々が現地で自分たちに期待しておりますから、ここで引き下がれば男がすたるという誇りといいましょうか、心意気、ですね。

自分に限らず、どこの場においても、そして実際にどの病院にも、自分を犠牲にして家族や患者や困っている人のために尽くしている大勢の人が現にいます。

そういう人々すべてが、小さなヒーローと思います。

そうした思いやりの実践が、原動力となっていくのではないかと思いますが、これは見えるが見えないもので、見えないけれど見えるものと思います。」

 

Q:「水路づくりの苦労を御話ください。」

A:「詳しくは本に書いておりますので本で。ただ、ひとついえば、医療の経験が役に立ちました。医療でも、現地にあるものでないと役に立たず、高額の医療機械など維持もできないし電気も無くて役に立ちませんから、そこにあるもので活動する経験を積んできました。水路づくりもその経験が役に立ちました。」

 

Q:「アフガニスタン支援を続けていける信念は?」

A:「それは私にもわからない、やむにやまれぬ大和魂といいましょうか。

あと、昔の年配の人は、あまりそうした質問をしなくて、やむにやまれぬ気持でやっているのだろうなあとお互いに了解があったものです。

なので、特別なことではなくて、誰もがある程度やむにやまれぬ気持でそれぞれいろいろやっていたのが健全な社会で、そういうのが少なくとなると、何か特別な人みたいになってしまいますが、本来特別なことではないと思います。」

 

等々、とても面白かった。

 

また、哲さんは古賀西小学校の出身だそうで、古賀西小学校の生徒たちが自分たちで集めた募金を手渡したり、十年前に当時哲さんと一緒に用水路をつくったという古賀西小出身で今は大学生という女の子が花束を渡したりしていて、見ていてとても微笑ましいというか、日本も捨てたものじゃないなぁとあらためてしみじみ思った。

良い講演会だった。

関係者の方々に感謝。

また、哲さんには、今後ともお元気で無事にご活躍して欲しいと思った。

 

佐々木征夫『うめ子先生 100歳の高校教師』を読んで

佐々木征夫『うめ子先生 100歳の高校教師』読了。

1992年で百歳で昇天されるまで、山形の独立学園で書道の教師をされてた桝本うめ子先生についての本である。

三カ月ほど前、たまたま独立学園のある先生の方から御葉書をいただき、それがこのうめ子先生の「祈」という一字の書の写真が印刷してある絵葉書だった。

それまで恥ずかしながらうめ子先生については全然知らなかったのだけれど、その字にとても感銘を受け、この本を図書館で借りてきてちょっとずつ読んで、今日読み終わった。

とても良い本だった。

独立学園は、戦前から続いている無教会主義キリスト教の高校で、少人数のユニークな教育を実践しているそうである。

この本を読みながら、独立学園に行っていたら、俺ももうちょっと良い人生だったのかもなぁとしみじみ思った。

この本は、もともとは、うめ子先生についてのドキュメント番組に関連して書かれたそうで、番組も当時大きな反響があったそうである。

いつかその番組も、見てみたいものである。

なんといえばいいのだろうか、とてもなつかしい気のする一冊だった。

こういう姿勢や生き方というものが、なんと貴重な稀有なものになってしまっているかに一抹の寂しさも覚えるし、独立学園がうらやましくも感じられるが、それぞれの場で、一生懸命生きていれば、きっとうめ子先生が言うように、その場において、泉が湧きだすのだろうと思う。

 

 

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男性の意識改革の必要性について

今日、ある先生から、面白い話を聞いた。

 

その先生がある時、コロンビア人と話をしていて、日本では非正規雇用が増えたことによって結婚しない男性が増え、自殺も増えたという話をしたら、コロンビアの人は、コロンビアではそんな男性は一人もいないと笑い出したという。

 

そのコロンビアの人が言うには、コロンビアの方がはるかに非正規雇用や失業者は多いが、そんなの気にせずに男性は結婚するし、むしろ自分に稼ぎがない場合は稼ぎの良い女性をつかまえて結婚しようと思ったり、別に稼ぎが悪くても自分のせいではなく、お金がない中で楽しく生きようと考えるそうである。

 

その話を聞いて、日本も意識改革が必要なんだろうなぁと思った。

 

理想的に言えば、子育てのための給付を増やしたり、社会保障制度の整備が必要なんだろうけれど、なかなかすぐには変わらないかもしれないし、特に自民党の長期政権が予測される中ではあんまり抜本的にはそうした制度改革はないだろうから、まずは男性の側の意識改革が必要なのかもしれない。

 

世間のプレッシャーはいろいろあっても、あんまり気にせず、コロンビアっぽく生きることが、未婚率を下げて出生率を上げるためにも必要なのかもしれない。

 

日本では、男性の方が女性に比べて、自殺率もはるかに高いし、非常に悲惨な他人に暴力を向けるような事件も起こしやすいようである。

 

その先生が言うには、女性は仕事だけでなくて結婚などいろんな複数のレールがあるのに対し、男性は稼ぎが悪いと一人前ではないという単線的な価値観やプレッシャーが非常に強いので、それで自殺や他殺などに走ってしまったり、そこまでいかないとしてもいろんな悩みを抱える人が多いのではないかと言っていた。

 

日本で一番大切なのは男性の意識改革なのかもなぁ。

南米をこそ見習って、稼ぎが多少悪くても、音楽に合わせて踊ったり、大いにスポーツや恋や詩にでも情熱を燃やして、楽しく生きていく構えが日本の男性にはもっと大切なのかもしれない。